4.50歳 ~その1~

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4.50歳 ~その1~

 東京の塾の事務室。  お盆前、最後の授業が終わって帰ろうとしていた裕也のスマホに、妻の薫子からLINEが入った。 『帰省のお土産は、裕也に任せちゃっていい?』  娘が中学生となったこの春から、薫子も仕事に復帰していた。  ただ、裕也が勤務する場所から3駅離れた別の教室だった。 『いいよ』 『じゃ、お願いするね。夕飯は私が作るよ』 『ありがとう』  そこでスマホをポケットに仕舞うと、それを待っていたように、 「初瀬川先生、一緒に帰りませんか?」  声をかけられた。  その主は、北川成美。裕也の勤務する塾で、この春から働いている新人講師。  3年前に大学を出て、大手教材出版社に入社したが、現場で教えたくて、大学時代に1年だけバイトしていたこの教室に再就職したのだ。 「初瀬川先生は、お盆は、帰省されるんですか?」  駅への道を並んで歩きながら、成美が訊いてきた。裕也の塾は、お盆の4日間は休みになっている。 「うん。盆と正月ぐらいしか帰れないからね」 「確か、小田原でしたよね?」 「よく知ってるね」 「はい。前にここでバイトしてた時、塾長とそんな話をしてたの、たまたま覚えてて」  と、彼女は笑顔を見せてから、 「実は、私も小田原なんですよ」 「えっ、そうなの?奇遇だね」 「ですね!」  成美がまたニコリとする。 「じゃあ、北川さんも、小田原に帰省するの?」 「はい。ちょうど母の一周忌の法要もあるんで」 「……そうなの?」 「はい。去年のお盆に亡くなって……」 「……そうなんだ」 「あっ、ごめんなさい。こんな話」  振り払うように笑顔を作る成美。 「いやいや。まだ若いのに……」  それ以上、返す言葉が見つからないままに、改札を抜けた。そこからは別々の方向になる。 「じゃ、向こうで会えるかも知れませんね」  成美はそんなことを言って手を振り、ホームへ向かっていった。
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