平凡魔女の私ですが、引越しセンターをはじめます!

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「―――そこをなんとか、受注させていただけないでしょうか? いまならお安くできますので―――」 「ん―――。でもこういうのは大手の引越しセンターの方が安心できるしなぁ。それに大きな荷物は無理なんでしょ?」 「え? あ、あの―――。数日に分ければできないこともない、です。」 「数日に分けてかぁ。まぁ、考えてみるけど。それでも荷物は一度、部屋から出さないといけないからなぁ。それはできるの?」 「え、えっと。お荷物は部屋から部屋への移動になります。このような魔法陣を部屋に描いてから転移魔法をかけることになります。ですので、部屋から一度荷物を出すことはしません」少女はクライアントに転移方法について丁寧に説明する。クライアント―――一人暮らしで引越しを控えている若い女性―――も一応は理解してくれているようだ。 「上位魔法であれば一度に荷物の輸送もできますし、荷物を亜空間に保管することもできるのですが―――。わたしができるのは物質の転移だけなので」 「ああ。そういうこと? じゃあさ、小包とかなら得意なんだ?」その言葉に少女の表情は明るくなる。 「そ、そうなんです! 宅急便は得意なんです。近いところなら転移魔法ではなく、飛んでお届けもできますよ!」少女の名はエルル・ガードナー。16才。魔女のしきたりで16才になると独り立ちしなければならない。錬金術、占い、治癒、施設工事、暗殺業などなど。業種は様々だが魔法で生計を立てて行かなくてはいけない。  そんな彼女が選んだのは”配送業”である。コロナや戦争、価格変動などで燃料費が高騰する中、人件費のみでやっていける魔女の配送業は定価が安く新規参入がしやすい業種である。  時は2月下旬。新年度に向けて引越しをする人たちがここ日本では多い。小包配送は基本、飛行魔法なので、エルルとしては転移魔法を使用した引越しを受注したいがこれがなかなか難しい。  曾祖母の出身国である日本で生計を立てることに当初両親は反対だったが、魔法学校の寮で同部屋の同級生がたまたま日本出身だったこともあってなんとか両親を説得しあこがれの国、日本に来ることができたのだった。 「ふ~ん。そうなんだ。まぁ考えてはみるね。でも、そのやり方だと荷物をいっぺんに移動することはできないから部屋をすぐ引き渡すことはできないのよねぇ。ん―――。ちょっと検討してからあとで連絡するわね」 「はい。本日はありがとうございました」 「―――それにしても、まだ16才なんでしょ? 魔女って大変なんだね。ファンタジーものだとさ、わりと派手にやってるじゃない? 火吹いたり、爆発したり。ああいうのはできないの?」 「ああ、あれは一部の上位魔術師とか、あとはレジェンド級の人だけですね。一般的には占いとか薬の調合とかをやってます。あとはわたしみたいな配送業とか―――」 「そうなんだ。がんばってね」 「はい」  エルルはクライアントの部屋を後にする。見積もりまでは上手くいくが、なかなか契約までには至らないのが現状だ。 「カ―――」よぉ、エルル。しけた面してんな。今日も上手くいかなかったのか? まぁ、引越しは大手の仕事でもある。焦る気持ちはわかるがお前は小さな仕事をコツコツやっていけよ。  使い魔のカラス―――クールエは口が悪い。悪気がないのはわかっているが落ち込んでいる時は本当に心にくるものがある。 「わかってるわよ。でも、少しでも大きな仕事もしてみたいじゃない?」実際のところ、引越しなどの荷物の多い転送魔法は魔力の消費が大きいため通常は複数人で構成するパーティー、もしくは複数のパーティーで構成されるクランで実施する。  無論、エルルは一人で実施する個人事業主なのだ。 「ああ、もう。疲れたぁ。今日は下宿に帰っておばちゃんに美味しいごはんを作ってもらおうっと」 「カ―――」そうだな。あのばばぁの作るメシは美味い。金もないことだし、とっとと帰ろうぜ。カフェとか寄られても俺は入れねぇしな。  しかし、ホントに口悪いな。 「はい、はい」そういうとエルルは颯爽と箒に跨る。  一陣の風が吹く。エルルはなにやら詠唱を始めた。するとフワッと身体が宙に浮く。  え? なに? なに? あれって魔女? などなど。ギャラリーがざわめくがエルルの集中力は途切れない。 「いくよ! クールエ」次の瞬間、エルルの身体は箒ごと空へと舞い上がった。箒に乗ったカラスを連れた魔女。絵に描いたような魔女がそこにいる。 「え? マジで?」「写真! 写真!」「スカートの中、見えそう―――」一部不謹慎なコメントがあったことにエルルは気がついたが毅然とした態度で空中を飛行する。  次はスパッツを履いておこう、と思いながら。
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