II

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‪✝︎  ネフスキー大通り駅からも近い場所に位置するセレストブルーの真新(まあたら)しいアパート。  ペテルブルクに暮らす多くの人々が憧れるだろう好条件を満たす1LDKの部屋が、彼にとっての王城だった。  家賃は一月で12000Р(ルーブル)、この条件ならば25000Р以上でも飛びつく者は居るはずだ。    普通に考えればありえない値段だが、ちょうど一室空きがあり、面倒な手続きも無く彼の入居は決まった。  元々、彼が来ることを待っていたかのように……。 「うん、給料はお世辞にも良くないけど、音楽で稼げるまではカフェの仕事も続けるつもり。それで親父は……」  彼が受話器で話していると、部屋のインターホンが鳴らされた。 「あぁ、ごめん、多分管理人だ。今度、親父と一緒に来てよ。この街も良いところだからさ。じゃあ、おやすみ」  電話を切ると彼は、少しだけ待ってくれるように伝えて身なりを整えた。 「やぁ、こんな遅くにどうしたの?」 「こんばんは、アリョーシャ、良い夜ね」  まだ新しい扉を開けると、艶っぽく、形の良い唇から甘く誘うような心地良い言葉が紡がれ、アレクセイの耳朶(じだ)を打った。    夜風が秋物の黒いトレンチコートを揺らし、暗闇に金色の瞳が光る。    ダークブラウンの巻き毛から放たれるベルガモットのような香りが、アレクセイの鼻腔を刺激したかと思えば、次の瞬間に彼の胸元へと彼女の体は収まっていた。    冷たい快感が足元から脳までを駆け抜け、体がその場に(はりつけ)にされたかのように動けなくなる。 「マリヤ……? 大丈夫かい?」 「ごめんなさい……。今日は少し疲れてるみたいだわ」    アレクセイのもう一つの幸運は、申し分のない住居と共に美しい管理人まで付いてきたことだ。    彼女――マリヤ・イヴァノヴァはアレクセイにとってペテルブルクで初めてできた友人であり、今ではすっかりと愛称で呼ばれている。  年齢もわずかに彼よりも上、他界した両親からこのアパートを引き継いだらしい。    初めての街に不安だろうと、彼女自身も大変な時に自分の世話まで焼いてくれていることには感謝しかない。 「ねぇ、今日はもう晩御飯は食べた?」 「まだだよ」 「それなら、私の部屋へ来て。少し、作り過ぎてしまったの。ミーシャやジェーニャも来るわ」
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