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「七瀬、七瀬、起きて下さい」
膝小僧を揺さぶられた私は閉じていた瞼を開いた。温かな手の温もりは惣一郎のものだった。それはコテージのベッドの中で感じた指先、この一夜の出来事が悪夢だったのでは無いかとその顔を仰ぎ見た。
「そう、惣一郎」
然し乍ら惣一郎の目の下は酷く落ち窪み髭が伸びていた。それは一夜を明かした証だった。身動きがとれない私の手首や足首は色を変え、ビニールロープが巻かれていた肘と膝の裏にはミミズ腫れが醜く血が滲んでいた。
「・・・・・!」
私は助手席に起き上がれるまでに自由が許されていた。ハサミで切り落としたビニールロープが足元で戸愚呂を巻いていた。ガムテープで拘束された手足を隠すように肩から毛布が掛けられシートベルトで固定されていた。
「最後のドライブがあの状態では勿体無いと思いませんか」
「は、はい」
奈落の底に突き落とされる。
(ーーー夢じゃなかった)
惣一郎の運転するブルーバードは金沢市の街並みをゆっくりと走った。それは葬列の棺、私はここで終わるのだ。
「ほら、ここは初めて口付けた場所です」
身体の芯から蕩けた熱い口付けが走馬灯の様に蘇り涙となって頬を濡らした。ブルーバードは一時停止の標識で停まりウインカーは右で点滅した。
(惣一郎は何処に住んでいるんだろう)
「惣一郎の家は何処にあるの」
「小坂町です」
「それ、何処」
「東金沢駅の近くです」
「ーーーそう」
泉ヶ丘高等学校の赤煉瓦の正門、向かいのベーカリーショップの扉のカーテンは閉じたままでバス停に人の姿は無い。
「惣一郎、今、何時なの」
「4:00、少し前ですね」
早朝の街並みは物音ひとつせず、遠方の客を送迎したタクシーが片町方面へと向かう。路肩の電信柱のゴミステーションのゴミ袋には緑色のネットが掛けられカラスが群がっていた。
カァ カァ カァ
彼らはブルーバードのエンジン音に慌てて飛び立った。
「七瀬のご自宅はこの辺りでしたよね」
私は力無く頷いた。こんな事ならば母親に嘘を吐いて出掛けなければ良かった。タイヤは無情にも家の前を通り過ぎ、黄色で点滅する信号機を後にした。
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