ここを次の拠点とする

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 北側で日差しが入らないせいで、春うららな本日も室内はひんやりとしている。 「あのー……お客様。本当によろしいので?」 「北側の部屋な上、高速道路の近くで常に騒音に悩まされる。素晴らしい」 「この住居ができたあとで高速道路の計画が出ましたので、道路が伸ばされるまではここまで騒音もひどくなかったんですけどね」 「本当は空港付近で欲しかったのだけれど、めぼしい物件がなくてね」 「空港の近くなんて本当に眠れませんよ!? いったいどんな基準で住居選んでるんですか」 「ところで……この掛け時計はなにかね? うちは時計は掛けない主義なのだけれど」 「ああ、それは……っ!」 「……札だねえ。【悪霊退散】と書かれているのだけれど」 「あーあーあーあー……見つかってしまいましたから言いますが、ここは以前、北側で日差しがほぼほぼ入らない立地に加えて、騒音被害でしょう? そのせいでそのう……」 「ふむ。前に見たときに自殺のことは書いてなかったけど」 「あ、はい……ここだけの話ですが、自殺案件は書かないといけないんですけれど、自殺案件わかった上で賃貸をした人がいた場合、その案件を記帳から消すことができるんですよ……」 「ふーん。なるほど。その人は無事だったんだね?」 「そりゃもう。荷物置き場でほぼ会社に泊まってましたから住んでませんでしたし」 「なるほど。素晴らしい! これだけ事故物件ならば誰もが嫌がって近付かないし、北側騒音札! 是非ともここと契約を!」 「本当にお客様よろしいんですか? そろそろ大家さんが老朽化を理由に取り壊そうかという話も出ていますが……」 「ならその大家さんの仲介をしてくれたまえよ。ここを買い取るから……修繕する際、あまりこの素晴らしい景観を壊したくはないねえ」 「はあ……」  事故物件お買い上げで、不動産勤めの人がいいばかりに損をする営業員の株は上がった。  お買い上げしたのが悪の秘密結社だなんて、当然ながら知らない話である。 <了>
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