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 匡久は奏の忠告を無視して、二階に上がった。  トントン、と、巧の部屋のドアを優しく叩く。 「巧。お父さんだけど。一緒にごはん食べない? おなか空いただろ」  すると巧は、ドアを開けて出てきた。  泣き腫らした目をして、うつむいている。 「悲しいことがあったんだね。でもさ、そんなことでごはんも食べないんじゃ、その人も」  悲しむよ、と言う前に、巧は怒りに満ちて叫んだ。 「そんなことって何ですか!」 「え」 「お父さんは医者でしょ! 人が亡くなったのに、『そんなこと』って言い方はないでしょ!」 「ご、ごめん……」 「もういい!」  巧は部屋に入ってバタンとドアを閉めた。  匡久は、慌ててドアに向かって言う。 「ごめん、巧。今のはお父さんが悪かったよ。たださ、出てきてごはん食べよう?」 「いらない! どっか行ってよ!」 「悪かったよ」 「うるさい! 朴念仁!」  もう何を言っても、巧は出てこない。  匡久は肩を落として階段を降り、ダイニングに向かった。 「ごめん、かなくん。お父さん、巧を怒らせちゃった」 「仕方ないよ。あんなに好きな人だったんだもの」 「そうなんだね。お父さん、知らなかったよ」 「……」  そのことに、奏は何も言わなかった。  そして、気を取り直すように言う。 「心配しないで。僕、おにぎり作って、巧くんの部屋の前に置いとくよ。おなか空いたら、食べてくれると思う」 「ごめん……。お父さんも握ろうかな」 「うん!」  奏が微笑んだので、匡久は少し救われた気になる。
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