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今日は木曜日で、匡久は休日だ。
奏も学校に出かけていき、一人、家にいる。
奏は巧の分まで弁当を作り、
「ちゃんと届けるよ」
と笑顔で出かけて行った。
なんてよくできた子なんだろうと、我が子ながら感心する。
奏の思いやりが、匡久にはありがたい。けれど無理をさせているのじゃないかと、時々心配になる。
巧のことを何も知らない匡久を、奏は責めたかったのではないか。弟のことも奏はよく見ていて、巧も父親より兄の奏を頼っているようなところがある。
匡久は二階に上がり、一番階段のそばにあるドアの前に立つ。
自分だけが持っている鍵で、扉を開ける。
そこは、亡き妻、まりえのアトリエだった。
アトリエに入り、まりえが使っていた大きな机の椅子に座る。
壁には大きな書棚が置かれ、まりえの使っていた育児書や料理本、小説、画集や絵画技法の本がぎっしりと当時のままに残っている。
別の壁には、大きなスケッチブックがたくさん立てかけられている。
片付けがあまり得意でなかったまりえの部屋は少し雑然としているが、その方がそこにまりえがいるような気がして、匡久はそのままにしている。
まりえが亡くなった後すぐに、今も来てくれているお手伝いの妙子さんを雇った。
すぐにキッチンはみるみる整理されて、まりえのいた気配は消えてしまった。
このアトリエもそうなってしまうのが怖くて、匡久はすぐにこの部屋に、外からかける鍵を取り付けた。
妙子さんはいい人だけれど、彼女や母に、この部屋を勝手に触って欲しくなかったのだ。
鍵は匡久しか持っていない。
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