11人が本棚に入れています
本棚に追加
昼休み、巧は奏の教室に向かった。
教室は学年ごとに階が分かれていて、二年生の教室に行くのは緊張する。
奏の教室を目指して行くと、兄はリュックを持って、ドアの前で巧を待っていた。
向こうが先に巧を見つけて、軽く手を振っている。
「ごめんね、奏くん。ありがとう」
「大丈夫だよ。どうせなら、中庭かどこかで一緒に食べない?」
「うん」
教室に戻って同級生と会話するのもしんどいと思っていたので、巧はすぐに返事をした。
中庭で、二人でお弁当を広げる。
「お父さん、巧くんのこと、すごく気にして落ち込んでたよ。悪かったって言ってた」
「当たり前だよ。あんなのでよく医者ができるよね。ほんとに人の気持ちのわからない、分からず屋の唐変木の木偶の坊なんだから!」
「巧くん、いろんな言葉を知ってるねえ」
兄はおっとりと言う。
奏の言葉を聞いていると、巧は何だか毒気を抜かれてしまう。
「おじいちゃんに習いました」
「そうなんだ。おじいちゃんは、巧くんが大好きだものねえ」
祖父は匡久の父で、隣の家に住んでいる。
橘病院の理事長で創始者だ。父の前には、祖父が院長をしていた。
そして、巧が医者になることをとても期待している。
「僕、奏くんのほうが、僕より医者に向いてると思うな。奏くんは、すごく優しくて人の気持ちを大事にするじゃない。僕はそんなふうにできないよ」
巧の言葉に、奏は一瞬きょとんとする。そして言った。
「そんなことないよ。巧くんは優しいよ。それに、僕よりずっと機転が利くし、度胸があるじゃない。僕はおじいちゃんからいつも、奏は度胸がないって言われるよ」
「それは、奏くんは優しすぎるだけだよ」
「そういうのはダメなんだって。それに、巧くんは何でもできて頭がいいしさ」
「何言ってるの。奏くんのほうが頭いいよ。奏くんはもう大学生の数学の勉強してるって、お父さん言ってたよ」
「僕ができるの、数学だけだもの。お父さんにも、もう少し英語を頑張ったほうがいいって言われたよ。研究論文を読んだりするのには絶対必要だからって。巧くんは全教科学年一位じゃない。おじいちゃんが期待するの、わかるよ」
「……中学の頃の話だよ」
「それでもさ。でもお父さんは、巧くんには巧くんの選んだ道を歩んでほしいって言ってた」
「……そんなの嘘だよ。お父さんは口だけだよ。お父さんは病院が一番大事だもの」
「違うと思う。お父さんは、巧くんのこと、真剣に幸せになってほしいと思ってる。巧くん、おじいちゃんやお父さんと、もっと話し合ってみたほうがいいよ。二人ともただ、医者以外の世界がわからないから、きっと不安なんだよ。巧くんがちゃんと説明すれば、わかってくれるよ」
「……」
「巧くん、美術部はどう?」
「美術部かぁ。悪くはないんだけど、なんていうか。僕、美大に行きたいわけじゃないし。正直、あまり真剣になれないよ。どうして僕、いつもこうなんだろう。奏くんはさ、目標がはっきりしててすごいよね」
「違うよ。さっきも言ったけど、僕はできることも好きなことも少ないんだよ。巧くんは好奇心旺盛だし、可能性のかたまりじゃない。ゲームを作るんでしょ?」
「そうだけど……。正直、それもよくわからないんだ」
ゲームを作りたいだなんて、ただ父に反抗したくて売り言葉に買い言葉で出てきた、口先だけの目標じゃないのかなと、巧は最近、自分でも思うのだ。
僕、奏くんみたいに生まれたかったな、と巧はまた思った。
最初のコメントを投稿しよう!