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 昼休み、巧は奏の教室に向かった。  教室は学年ごとに階が分かれていて、二年生の教室に行くのは緊張する。  奏の教室を目指して行くと、兄はリュックを持って、ドアの前で巧を待っていた。  向こうが先に巧を見つけて、軽く手を振っている。 「ごめんね、奏くん。ありがとう」 「大丈夫だよ。どうせなら、中庭かどこかで一緒に食べない?」 「うん」  教室に戻って同級生と会話するのもしんどいと思っていたので、巧はすぐに返事をした。  中庭で、二人でお弁当を広げる。 「お父さん、巧くんのこと、すごく気にして落ち込んでたよ。悪かったって言ってた」 「当たり前だよ。あんなのでよく医者ができるよね。ほんとに人の気持ちのわからない、分からず屋の唐変木の木偶(でく)の坊なんだから!」 「巧くん、いろんな言葉を知ってるねえ」  兄はおっとりと言う。  奏の言葉を聞いていると、巧は何だか毒気を抜かれてしまう。 「おじいちゃんに習いました」 「そうなんだ。おじいちゃんは、巧くんが大好きだものねえ」  祖父は匡久の父で、隣の家に住んでいる。  橘病院の理事長で創始者だ。父の前には、祖父が院長をしていた。  そして、巧が医者になることをとても期待している。 「僕、奏くんのほうが、僕より医者に向いてると思うな。奏くんは、すごく優しくて人の気持ちを大事にするじゃない。僕はそんなふうにできないよ」  巧の言葉に、奏は一瞬きょとんとする。そして言った。 「そんなことないよ。巧くんは優しいよ。それに、僕よりずっと機転が利くし、度胸があるじゃない。僕はおじいちゃんからいつも、奏は度胸がないって言われるよ」 「それは、奏くんは優しすぎるだけだよ」 「そういうのはダメなんだって。それに、巧くんは何でもできて頭がいいしさ」 「何言ってるの。奏くんのほうが頭いいよ。奏くんはもう大学生の数学の勉強してるって、お父さん言ってたよ」 「僕ができるの、数学だけだもの。お父さんにも、もう少し英語を頑張ったほうがいいって言われたよ。研究論文を読んだりするのには絶対必要だからって。巧くんは全教科学年一位じゃない。おじいちゃんが期待するの、わかるよ」 「……中学の頃の話だよ」 「それでもさ。でもお父さんは、巧くんには巧くんの選んだ道を歩んでほしいって言ってた」 「……そんなの嘘だよ。お父さんは口だけだよ。お父さんは病院が一番大事だもの」 「違うと思う。お父さんは、巧くんのこと、真剣に幸せになってほしいと思ってる。巧くん、おじいちゃんやお父さんと、もっと話し合ってみたほうがいいよ。二人ともただ、医者以外の世界がわからないから、きっと不安なんだよ。巧くんがちゃんと説明すれば、わかってくれるよ」 「……」 「巧くん、美術部はどう?」 「美術部かぁ。悪くはないんだけど、なんていうか。僕、美大に行きたいわけじゃないし。正直、あまり真剣になれないよ。どうして僕、いつもこうなんだろう。奏くんはさ、目標がはっきりしててすごいよね」 「違うよ。さっきも言ったけど、僕はできることも好きなことも少ないんだよ。巧くんは好奇心旺盛だし、可能性のかたまりじゃない。ゲームを作るんでしょ?」 「そうだけど……。正直、それもよくわからないんだ」  ゲームを作りたいだなんて、ただ父に反抗したくて売り言葉に買い言葉で出てきた、口先だけの目標じゃないのかなと、巧は最近、自分でも思うのだ。  僕、奏くんみたいに生まれたかったな、と巧はまた思った。
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