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 巧は画集とカレンダーを持って二階の自分の部屋に入ると、カバンを机に投げ出し、制服のまま本を抱きしめてベッドに転がった。  すごい! と興奮して二冊の表紙を見比べる。  それから少し考え直し、こういうものはきちんと観よう、と、机のカバンをベッドサイドの所定の棚に入れる。  そして制服をラフなシャツとワークパンツに着替えると、かしこまって椅子に座り、二冊を丁寧に机の上に置く。  ーーすごい。お母さんも好きだったんだ……。  母がもし生きていたら、一緒に絵の話もできたのかな、と残念な一方で、感慨深い感じもした。  そっと、まずは薄いカレンダーを開く。  一月。  和装の少女が、長い黒髪を白い指に絡ませてこちらを見ている。  表情がきらきらしている。意思の強そうな眼は、巧が知っているミズハラナオミの絵そのものだ。  でも、自然な滲みを多用した影や光の表現が、その絵がアナログ画材で描かれたことを告げている。  デジタルアートを見慣れた巧には、それが新鮮だ。  ーーこんな表現があるんだ! 透明水彩かな? カラーインクかな? 僕も使ってみたいな。お母さんは、子どもの頃、こんな絵を見てたんだ!  まじまじと見入った後で、次のページをめくる。  二月。  金髪を束ねた青年が、鎧とマントに身を包み、宝石を散りばめた柄の輝く剣を握っている。  鎧もマントの模様も、その留め金も、美しく繊細にデザインされた、ミズハラナオミのイラストらしいオリジナリティ溢れた服装だ。  ーーこんな絵を、三十年以上も新しく生み出し続けられる人なんだ。  そのアイディアの裏には、どんな修練や知識があるのだろう。  改めて、すごい人なんだな、と巧はその才能に感動する。いま見ても、全く古さを感じさせないセンスの持ち主だ。  だからこそ、死の間際まで現役で仕事ができる人だったのだろう。  ーー僕もこんなふうになれたらなぁ。  そう思う純粋な憧れの一方で、やっぱり僕にはこんな業界は無理なのかもしれない、という弱気が顔を出す。  全く想像できない六十歳の自分。  それとも「今」を積み重ねていけば、その果てにその人のような境地があるのだろうか。  巧には分からなかった。
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