11人が本棚に入れています
本棚に追加
巧は画集とカレンダーを持って二階の自分の部屋に入ると、カバンを机に投げ出し、制服のまま本を抱きしめてベッドに転がった。
すごい! と興奮して二冊の表紙を見比べる。
それから少し考え直し、こういうものはきちんと観よう、と、机のカバンをベッドサイドの所定の棚に入れる。
そして制服をラフなシャツとワークパンツに着替えると、かしこまって椅子に座り、二冊を丁寧に机の上に置く。
ーーすごい。お母さんも好きだったんだ……。
母がもし生きていたら、一緒に絵の話もできたのかな、と残念な一方で、感慨深い感じもした。
そっと、まずは薄いカレンダーを開く。
一月。
和装の少女が、長い黒髪を白い指に絡ませてこちらを見ている。
表情がきらきらしている。意思の強そうな眼は、巧が知っているミズハラナオミの絵そのものだ。
でも、自然な滲みを多用した影や光の表現が、その絵がアナログ画材で描かれたことを告げている。
デジタルアートを見慣れた巧には、それが新鮮だ。
ーーこんな表現があるんだ! 透明水彩かな? カラーインクかな? 僕も使ってみたいな。お母さんは、子どもの頃、こんな絵を見てたんだ!
まじまじと見入った後で、次のページをめくる。
二月。
金髪を束ねた青年が、鎧とマントに身を包み、宝石を散りばめた柄の輝く剣を握っている。
鎧もマントの模様も、その留め金も、美しく繊細にデザインされた、ミズハラナオミのイラストらしいオリジナリティ溢れた服装だ。
ーーこんな絵を、三十年以上も新しく生み出し続けられる人なんだ。
そのアイディアの裏には、どんな修練や知識があるのだろう。
改めて、すごい人なんだな、と巧はその才能に感動する。いま見ても、全く古さを感じさせないセンスの持ち主だ。
だからこそ、死の間際まで現役で仕事ができる人だったのだろう。
ーー僕もこんなふうになれたらなぁ。
そう思う純粋な憧れの一方で、やっぱり僕にはこんな業界は無理なのかもしれない、という弱気が顔を出す。
全く想像できない六十歳の自分。
それとも「今」を積み重ねていけば、その果てにその人のような境地があるのだろうか。
巧には分からなかった。
最初のコメントを投稿しよう!