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「巧。金が好きか」
祖父の唐突な質問に、巧は戸惑う。
「え? ま、まあ、好きだよ、そりゃ」
「医者になれ、巧。医者は儲かるぞ」
「何それ」
巧は反発を覚えて、頬を膨らます。
「おじいちゃんは、儲かるから医者をやってきたの」
「不満そうだな」
「そりゃそうだよ。医者って、人を助ける仕事でしょ。儲かるからやるなんて良くないよ」
「人を助けて、儲けちゃいかんのか。おじいちゃんは人のためになることをしてきた。報酬があって然るべきじゃないのか」
巧は、うまく反論できなかった。
「でも……、でもさ、なんか変だよ」
「おまえ、匡久に似てきたな」
「え?」
「匡久も昔、そんなこと言ってたよ。でもな、巧。金も儲けられないやつは、人を助けることなんてできないぞ」
「どういうこと?」
「病院に金がなきゃ、いいスタッフを雇えない。機材も入れられない。それじゃ患者さんを助けられない」
「……そうだけどさ」
「それに、おまえのお父さんが儲けてるから、おまえは学校にも行けるし、飯も食える。人並み以上にモノも買ってもらえる」
「……」
「病院を継げ、巧。おまえはきっといい医者になる」
巧は返事をしなかった。
祖父は遠い眼をした。
「あの病院はな、巧。おばあちゃんのお父さんが作ったんだ。おまえのひいじいさんだ」
「え、そうなの?」
「うん。おばあちゃんのお父さんは、市民病院で内科医長をしてた。おじいちゃんはその下にいた。俺は農家の次男だから、土地は継げなかった。でも俺の親父は、俺を医者にしてくれた」
そんな話を、巧は初めて聞いた。
「おばあちゃんのお父さんは、先見の明がある人だった。慢性疾患や老衰で、病院と施設を行ったり来たりして、病院で亡くなるような人が増えるのをわかってたんだな。こういう病院が必要だと思ってた。そこに俺がいた。農地を病院に変える手続きは大変だったけど、俺は兄貴から土地を買って、おばあちゃんのお父さんと一緒に、今の橘病院を作った」
巧は正座して話を聞いていた。
「巧。この病院は地域に必要なんだ。医者になってくれ」
巧は目を見開き祖父を見た。
だが、「うん」とは言えなかった。
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