11人が本棚に入れています
本棚に追加
巧は、しのぶと二人で廊下に出て、階段を降りる。
「堀内先輩! 僕、見せたいものがあって」
「何?」
「これです!」
ピンク色の予約票を、巧は財布から取り出し、広げて見せる。
「え! イラスト集の予約票? 橘くん、予約したの!?」
「はい。昨日!」
「えー、すごーい」
しのぶの反応は予想通りだ。
巧は嬉しくなって言った。
「予約特典で、ステッカーが付くんですって。堀内先輩も、早く予約したほうがいいですよ。限定生産らしいですから」
「うーん……」
しのぶの反応は、急に鈍くなる。
あれ? と巧は思った。
しのぶは寂しそうに苦笑いする。
「それ、六千円もするやつでしょ? 私は買えないや……。お金ないもの」
「……」
「うちさ、母子家庭なんだ。ゲーム買うだけでも、母に嫌な顔されちゃうし。部活もあんまりいい顔されてなくって」
「え。そうなんですか」
「うん。母は本当は、私に商業高校行って、バイトとかしてほしかったみたいなのね。うちの高校、バイト禁止じゃない?」
「はい……」
「橘くんはいいよね。おうち病院なんでしょ? お父さん、お医者さん?」
「え? あ、はい。なんでそんなこと……」
「小野田先生が言ってた」
小野田というのは、顧問の美術教師だ。
ーーせ、先生〜。なに個人情報ばらしてるんですかー!
「橘くんも医学部行くんだってね。すごいなぁ。頭良くて」
「そ、それも先生が?」
「うん」
ーーまったく先生めー! 個人情報!!
「ぼ、僕まだ決めてないんです。医学部に行くわけじゃないですよ」
「そうなんだ?」
「はい。せ、先輩は? 美大志望じゃないんですよね?」
「うん、美大行きたいけど……。お金かかるじゃない? 一人暮らしとかも大変だし。まあ、栞菜みたいな才能もないしね。私、就職希望なの。公務員試験受けようと思ってる。安定でしょ? その方が母も助かるって言うし」
「そ、そうなんですか」
「うん」
巧は何も言えなくて沈黙してしまった。
すると、しのぶは明るく笑って話題を変える。
「橘くん、イラスト集買ったら見せてくれる?」
「もちろんです! 絶対、先輩に最初に持ってきますね!」
最初のコメントを投稿しよう!