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「日曜日は寝てるくせにー」
「そうだね、ごめん。あんまりいいお父さんじゃないな、僕は」
「そんなことを言ってるんじゃないんです」
「巧はさ、その本の、その先を読んでみたら? 今、若い時に、そういう古びない古典の思想に触れておくことは、将来のために大事だと思う。おじいちゃんはさ、君たちに世間に流されないで自分で考える力を付けさせろって、お父さんに言ったんだ。哲学の本を読むことは、そういう力に繋がると思う。本を読んで、その著者と対話するように、考えながら読んでごらん。それをいろんな本で繰り返すことは、確実に自分の力になっていくから。一冊の本を何度も読むことでもいいんだよ」
「……うん」
「奏も読むといいよ」
「え、僕?」と、奏は驚いたように言う。
「うん。君たちは仲良しだから、同じ本を読んで、それについて話し合ってみるのもいいと思うな。アウトプットすると、より頭に残るし、考えも深まると思うしね」
「お父さん、誰かと話し合った?」
と巧は訊く。
「高校生の頃、プラトンとか読んで、友達と話してたよ」
「僕の学校、そんなの読む人いないみたい。倫理の時間、みんな寝てるし」
「そうなのかー。だから君たちは、翔雲に行けば良かったのに」
「嫌です。全寮制の男子校なんて、息が詰まる」
「そう言うから行かせなかったけどさ」
翔雲学園は、県内随一の中高一貫の進学校で、父の出身校だ。巧たちが住む市ではなく、県庁所在地の市にある。電車で片道二時間くらいかかるのだ。
巧たちが通う、なんちゃって進学校の県立高校とは違い、東大や京大に行く人も多いらしい。
でもこの市で高校に行くかぎり、今の県立高校が、一番の「進学校」なのだ。
「君たちはさ、本気で自分の志望大学に入ろうと思ったら、学校任せじゃなくて、どんどん先取りして自分で勉強しなくちゃいけないよ? それは受験勉強だけじゃなくて、教養や情報の面で特にそうだよ。この町にいることは平和だけれど、進学のことを考えたら、都会の人よりずっとハンデがあるよ。自覚しておいたほうがいい」
父は珍しく強い声で言った。
「それに、将来、どこのどんな人たちの中で、どんなふうに働くのか、考えてごらん。自分に合ったフィールドを探すことは、とても大事だと思うんだ。家族を作るのかどうかも含めてさ、自分にとっての『よい人生』について、考えてみて」
巧は、そんなことを言われても、ただ頭の中が真っ白になるだけだった。
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