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まりえのアトリエの明かりをつけて、匡久は椅子に座り込む。
ーー僕はただ、自分が寂しかっただけなのかもしれないな。
奏が小学生の時、匡久は、翔雲中学の受験を奏に勧めた。
父も母も、それが当然だと考えていたし、奏には合格する素地が充分にあったと思う。
だが、奏は泣いて嫌がったのだ。
「お父さんのそばにいたい」
と泣きじゃくられて、匡久は、それ以上、受験を勧めることができなかった。
奏を見ていた巧も、同じように泣いて嫌がった。
ーーでも本当は、僕自身が、奏や巧を手放したくなかったのかもしれない。僕はみすみす二人の将来を奪ってしまったんじゃないのかな。
泣かれても、強引に受験させることだってできたはずなのだ。その方が、二人のためだったかもしれない。
ーーまりえちゃん、昔、もし自分が男だったら翔雲に行きたかった、て言ったことあったよね。
ーーごめんね、まりえちゃん。二人を幸せにするって約束したのに。僕は本当に、二人を幸せに導けるのかなぁ。僕、父親に向いていないかもしれないよ。
まりえは、匡久の心の声を聞いてくれているのだろうか。
部屋の中は、とても静かだ。
ーーだけど……。今できることを、精一杯、考えるよ。
翔雲に行くと言っただけで、あんなに泣いていた奏が、今は一人で東京の大学に行くと自ら言うのだ。
ーー子どもって成長するんだね。
それは誇らしいことだった。
そして、その夢を叶えるために、できることはサポートしてあげたいと、匡久は強く思う。
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