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部屋に入り、床の上にお盆とお菓子を置く。
「はい」
とクッションを渡して、巧は、リュウがなんだか浮かない顔をしていることに気がついた。
「高専、大変? 何かあった?」
自分の相談をするつもりだったのに、巧はついそんなことを訊いてしまう。
「あのさ、巧」
とリュウはうつむく。
巧はしばらく待っていたが、リュウがずっと黙っているので、
「どうしたの?」
と彼の顔を覗き込む。
リュウは顔を逸らす。
そして吐き出すように一気に言った。
「巧、サキちゃんと付き合ってあげて」
巧は、「は?」と声を出したまま、思考停止してしまう。
何を言われたのか、何度も頭の中で反芻した。
「え。ええーっ!!??」
巧は訳がわからない。
だって、サキちゃんはリュウの彼女でしょ? と思うのだが、声にならない。
「な、何言ってんの、リュウ? 意味がわかんないよ」
「サキちゃん、おまえのことが好きなんだって」
「はあっ!?」
「卒業式の後、呼び出されて言われたんだ。もう別れよう、て。幼稚園の頃から巧のことが好きなんだって。いくら付き合っても、俺のことそういう目で見れないんだって」
「ちょ、ちょっと待ってよー!! だって、中二の夏から付き合ってたでしょ!? ひどいよ、そんなの! どうして最初から言わないの!」
「言われたんだ、俺。最初に付き合ってって言った時。巧のこと好きだから付き合えない、て。でも、俺が強引に付き合ってほしいって言ったんだ。いつか好きになってくれるって思ってた。いつか幸せにできるって」
「それにしたって、一年半だよ!?」
「サキちゃん、優しいから……」
「そんなの優しさなんかじゃ全然ないだろ!」巧は憤っていた。「そんなのサイテーのビッチだよ!」
「てめ!」
瞬間、リュウは巧の胸倉を掴んで顔を殴った。
「なんてこと言うんだよ! サキちゃんはおまえのことが好きなんだぞ!」
「それがサイテーなんだよ! 僕、そんな人、一生好きになれないよ。なんでリュウはそんなやつ庇うの……。なんで好きなの?」
巧は、涙が溢れてくるのを止められない。
「なんでおまえが泣くんだよ……」
リュウは拳を下ろすと、うずくまって座った。
巧は、リュウの誠実さをそんな形で裏切ったサキのことが許せない。
巧は言った。
「リュウは、気持ちだけじゃなくて、一生を台無しにされたかもしれないんだよ? 県立に進学すれば、大学に行って、もっとどこか遠くで活躍できたかもしれないのに」
巧は、リュウが高専に進学すると言った時のことを覚えている。
サキちゃんが看護師志望で、一生この町で働くと決めているから、自分もこの町を離れなくていいように、この町の高専に行って、この町で就職するのだと嬉しそうに言った。
それなのに、こんなことになるなんて。
ーー僕のせいなの? そんなこと全然知らなかったよ。リュウと付き合う前に、一言気持ちを告げてくれれば、僕は君を好きになれないって言えたのに。
しばらく黙ってコーラをちびちび飲んだ後で、リュウは言った。
「巧、好きな人……できたんだって?」
「……うん」
告白はどういうふうにしたのとか、デートはどこに行くのとか、聞きたいことがいっぱいあったはずなのに、巧はもうそんな気持ちにはなれなかった。
「じゃあサキちゃんとは、巧、付き合えないんだね」
「当たり前だよ」
巧は、怒りがまた戻ってくるのを感じる。
「そっか」
リュウは言って、また長いこと二人は沈黙した。
「なんか安心しちゃった」
とリュウは言う。
「俺、こんなこと言いに来たけど……、ほんとはさ、おまえとサキちゃんが付き合ったらどうしようって、ずっと怖かったんだ。情け無いよな」
「そんなことないよ。リュウはさ、人が好すぎだよ。もう、新しい彼女作りなよ。モテるんだから」
「うん……。俺、……進学目指そうかな? どこか遠くにさ。巧さ、それでも、これからも時々会ってくれる?」
「もちろんだよ! こちらこそだよ!」
リュウは、なんだか切ない笑顔で笑った。
「ありがとう」
「何言ってんのさ」
帰る、とリュウは立ち上がる。
「コーラ持ってく? お菓子持って帰りなよ」
「いらね。おばちゃんか、おまえは」
笑ったリュウは、いつものリュウだった。
「サンキューな」
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