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 翌日の放課後、巧はまた、デッサンには気もそぞろで、しのぶの休憩を待っている。  四時半、しのぶが立ち上がり、美術室を出て行くのを、巧はリュックを背負って追いかけた。 「堀内先輩!」  しのぶが振り返る。 「橘くん。どうしたの? ジュース?」 「いや、あのー。見てください!」  巧は急いで、リュックからイラスト集を取り出す。 「あ、買ったんだー!」  しのぶの声がはずむ。  巧は嬉しくなる。 「そうなんです。それでね、」  と巧はページを開いて、ステッカーを取り出した。 「わあ」  と、しのぶが眼をきらきらさせる。 「このステッカー、どうぞ!」  巧は、閉じた本の表紙にステッカーを乗せ、頭を下げて両手で差し出した。 「え?」  と、しのぶが戸惑った声を上げる。 「でもこれ……予約特典のステッカーでしょ?」 「はい」 「そんな貴重なもの、もらえないよ」 「いいんです!」 「よくないよ」 「僕が、堀内先輩にもらってほしいんです!」 「そんなこと言われても……。ど、どうして?」 「僕の気持ちです!」 「え。気持ちって……」 「先輩が好きなんです!」 「えっ!?」  ーーあれ?  言っちゃった! と巧は慌てたが、もう遅い。 「な、何言ってるの、橘くん……」  ーーええーい! もうしょうがない! 「僕、先輩が好きです! 付き合ってください!」 「困るよ、そんなの!」  しのぶは両手を顔の前で振って、巧を拒否する。 「す、好きな人、いるんですか」 「そういうことじゃなくて」 「僕のこと、嫌いですか?」 「まさか! 違うよ!」 「じゃあ、どうして?」 「だ、だって……。橘くんと私じゃ、全然釣り合わないよ」 「? どういう意味ですか?」 「だって橘くん……。おうち病院なんでしょ? うちは貧乏だもん。橘くんは頭もいいし……。釣り合わないよ」 「そんなこと関係ないです!」 「私には関係あるの!」 「……」 「ご、ごめん……。友達でいよう?」 「友達……」 「うん」  何を言っても、しのぶが付き合ってくれそうもないことが、しのぶの表情から察せられた。 「……わかりました。ごめんなさい、急に」 「ううん。こちらこそ」 「でも……、イラスト集、持って帰ってください。お貸しします。返すの、いつでもいいですから」 「あ、ありがとう……」  しのぶは、イラスト集を受け取ってくれた。 「僕……、先に美術室に戻ります」 「うん。じゃあ、私……、ちょっと散歩してくるね」 「はい」  そこで、巧は階段を上り、しのぶは降りていく。  巧は一人になって、胸のうちで叫んだ。  ーーお、お父さんが病院なんかやってるから、僕がふられちゃったじゃないですかー!! お父さんのかばー!!!  美術室に戻ってきたしのぶは、平静だった。 「ありがとう、橘くん。イラスト集、借りていくね」 「はい。……さっきは、すみませんでした。変なこと言って」 「ううん」  と、しのぶが微笑む。  ーー友達、か。  避けたりせずに、いつもの態度でいてくれるしのぶがありがたかった。  ーー堀内先輩、やっぱり大人だなぁ。  と巧は思う。
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