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「ねえ、お父さん」  その夜、寝る前に、巧は父の書斎を訪ねた。 「どうしたの、珍しいね」 「僕さ、精神科医になろうと思います」 「え?」 「それで、K大かN大の医学部に行きたいです」 「……東京じゃないの? 医学部は嫌だって言ってなかった?」 「言ってたけど、僕、やっぱり困ってる人の助けになりたいんです。それで、精神科医としてキャリアを積んで……、何年か経ったら、お父さんの病院で働かせてください。僕、認知症の人とか、そういう人を診る医者になるから。そういう人が、安心して落ち着いてくれるような医者になりたいんです」 「……そう。巧が本当にそう望んでくれるのなら、お父さん、嬉しいよ。でも、無理してない? 精神科医になるには、内科の勉強も必要だよ?」 「してないと思います。でも院長は無理だと思うんです。僕、人を引っ張るタイプじゃないし」 「……お父さんだって、人を引っ張るタイプじゃないよ」 「? でも、おじいちゃんがいつも自慢してますよ? お父さん、小学校の時は生徒会長で、中学でも高校でも弓道部の主将だったんでしょ? 今だって、院長をやってるじゃないですか」 「それはさ、昔から、郁ちゃんのお父さんとか、みんなが僕を助けてくれて、支えて持ち上げてくれるからできるんだよ」 「……。言われてみれば、おじいちゃんやおばあちゃんはあんなにラスボス感に溢れているのに、お父さんは、なんとなくザコキャラ系ですよね」 「あ、そう。……まあ、とにかく、でも、巧は無理しなくていいんだよ。うちの病院じゃなくてもいいし、自分のクリニックを開いて、一人でやってもいいじゃない。自分のやりやすいやり方でいいと思うよ。君はけっこう自由人だからな。大学で研究職に就いてもいいしさ」  そんな道もあるのか、と巧は思った。だったら、スクール・カウンセラーになってもいいのかな? と。 「べつに、N大やK大じゃなくてもいいし」 「でも、お父さん、奏くんも僕も遠くに行っちゃったら寂しいでしょ?」  父は笑った。 「そんなこと、巧が気にしなくていいんだよ」 「気になるんです!」 「寂しくないよ。元気で幸せでいてくれれば、それが一番いいよ。若い頃に遠くに行ってみる経験は大事だと思うしね」 「じゃ、お父さんは、どうしてN大に行ったの? 翔雲出身なんだから、もっと遠くのいい大学に行けたでしょ?」 「医師会に、N大のOBが多いからだよ。学生のうちから人脈を作っておけっていう、おじいちゃんの意向」 「お父さん、おじいちゃんの言いなりじゃないですか」  父はまた笑う。 「そうだね。君たちのほうがずっと偉いと思うよ。いろんなことを考えてて」
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