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 翌日の放課後、巧は早速、美術室に部活の見学に行った。  美術室の扉は開かれていて、窓からの春風が廊下まで吹き渡っていく。  それは独特の匂いがした。きっと油絵の匂いだろう。  中で、背の高い男子生徒が一人、制服のシャツに紺のエプロンという姿でカンバスに向かい、静物画を描いている。 「すみません」  巧は扉の外から声をかけた。  すぐに男子生徒が振り向き、少し笑顔を作る。 「あ、見学? 一年生?」 「はい。いいですか?」 「もちろん」  気さくな感じで応えてくれて、巧はちょっとほっとする。 「僕、一年八組の、橘巧といいます」 「そう。俺、川瀬(かわせ)大樹(だいき)。唯一の三年で、ここの部長です。ちなみに、男子も俺だけ」 「そうなんですか」 「うん。もうすぐ、二年の女子がくるよ。座って少し待ってて」 「はい。ありがとうございます」  巧は手近な椅子を引き寄せて、川瀬の近くに座った。  川瀬はまたカンバスに向き直る。 「まだ一年生、誰もいなくて。橘くん入ってくれたら心強いな」 「あ、いえ」  見学に来ただけの巧は何と返事したらいいかわからず、曖昧に言葉を濁す。  しばらく沈黙が続いて、そよ風に乗る油絵の具の匂いが、つんと巧の鼻腔を刺激する。  ーーこんなリアルな絵、僕、描けないや。大丈夫かな。  巧が川瀬のカンバスとモチーフの静物を見比べているうち、ドアの外から、キャーキャーと女子の声が近付いてくる。 「お疲れ様でーす!」  と元気な声がして、五人の女子の集団が入ってき、次々とドア付近の机に音を立ててカバンを置いていく。 「あれ、全部二年生」  と川瀬がささやく。 「あれ?」  と、女子の一人が巧を見る。 「新入生?」 「あ、はい」  巧は立ち上がり、名を名乗る。 「へえ。橘くん。何描くの?」 「え、何って?」  黒目がちの瞳に射抜かれて、巧は言葉に詰まる。二年生は、構わずまくし立てる。 「油絵とか水彩とか、デザインとか。それとも彫塑?」 「えと。まだ決めてないです」 「困ってるだろ」  と、川瀬が助け舟を出してくれた。 「まだ、見学に来てくれただけだよ。まだ先生も来てないし、とりあえずみんな、自分の絵、出してきて描いて」 「はーい」  二年生たちは、つまらなそうに美術準備室へ入っていく。  そうして抱えて持って来られた、肩の高さくらいの大きなパネルに、巧は眼を釘付けにされた。 「すごい綺麗!」  思わず口に出すと、さっきの黒目がちの女子が、へへっと笑う。 「本当? ありがとう」  その絵は鮮やかなアクリル絵の具で描かれていて、空に浮かぶ金色の雲から青い滝が流れ出し、緑の森を潤している絵だった。  空には何頭もの大小のイルカが飛び跳ね、森の泉からは不死鳥のような紅い不思議な鳥が飛び立とうとしている。  まるでファンタジーの世界だ。  ーー僕もこんな絵が描きたい!  巧が感動していると、横から川瀬が言った。 「西口さんは、コンクール常連なんだ」  わかる気がする、と巧は思った。
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