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山本勇(やまもといさむ)は神戸市に住む小学生。サッカーが好きで、小学校のサッカー部に入っている。特に地元のJリーグチーム、ヴィッセル神戸のファンだ。特に大迫勇也選手の大ファンで、グッズも持っている。
そんな勇は、放課後も小学校にいた。授業でうまくいかず、居残り勉強をさせられた。成績はあまりよくない。だが、一番下ではない。
「はぁ・・・」
勇はため息をついた。いつになったら勉強が終わるんだろう。早く帰って、テレビゲームをしたいのに、なかなか終わらない。だけど、中学校になったら、もっと厳しい日々になるだろう。そして、部活ももっと厳しくなるだろう。まだまだ序の口だ。頑張らないと。
「やっと終わった・・・」
3時30分頃、勇はやっと居残り勉強を終えた。勇は机の上を片付けて、帰る準備をした。だが、その前に職員室に行って、終わった事を報告しないと。そのまま帰ったら、怒られるだろうから。
勇は廊下を歩いていた。廊下はとても静かだ。みんな帰って、誰も歩いていない。最近、こんな日々が続いている。居残り勉強はなくしたいと思っても、なかなか減らない。みんなと同じように帰りたいのに、なかなかうまくいかない。どうしたらいいんだろう。勇は悩んでいた。
勇は職員室の前にやって来た。職員室には何人かの先生がいる。その中には、勇の担任、杉本もいる。勇のために、ここまで残ってくれたようだ。そんな杉本にも感謝しないと。
勇は職員室の引き戸をノックした。杉本は反応した。勇だろうか?
「失礼します」
杉本の予想は当たった。勇が居残り勉強を終えたようだ。
「山本くん、できた?」
「うん。遅くなってごめんなさい」
勇は杉本にプリントを提出した。勇は下を向いている。いつもこんな自分を許してくれるんだろうか?
「いいのよ。じゃあね」
だが、杉本は許してくれた。杉本はとても優しい。素直な勇を許してくれたようだ。
「さようなら」
勇は職員室を出ていった。杉本はその様子をじっと見ている。なかなか成績が上がらない。どうしたら上がるんだろう。杉本は悩んでいた。だが、我慢しなければならない。あまり怒ってはならない。可愛い生徒だから。
「今日も居残りだよ・・・。好きなゲームをしたいのに・・・」
勇は下を向いていた。早く帰りたいのに、居残り勉強でなかなか帰れない。みんなは家で楽しそうにしてるだろうな。そう思うと、まだ小学校にいる自分が恥ずかしく思えてくる。
勇は音楽室の前を通り過ぎようとした。だが、勇は音楽室から聞こえてくる音色に反応した。勇はその音楽を知っているようだ。
「えっ!?」
勇は音楽室の前の廊下で立ち止まり、その音楽を聴いた。それは、ヴィッセル神戸のサポーターズソング、『神戸讃歌』だ。ファンになった頃からよく口ずさんでいる曲で、今ではフルで歌えるほどだ。だが、歌詞が全く違う。どういう事だろう。
「何だろうこの声」
だが、勇には気になる事がもう1つあった。いつも音楽を教えている浜口先生の声ではない。誰が歌っているんだろう。とても気になるな。
「何だろうこの歌・・・」
もう1つ気になるのは、歌詞だ。神戸讃歌とは全く違う。替え歌だろうか? 原曲だろうか?
「いい歌だな・・・」
勇は興味津々になり、音楽室に入った。そこには浜口ではない、別の女がいる。その女の肌は、白くて美しい。
「こ、神戸讃歌!?」
と、女性は勇の声に反応した。勇は戸惑っている。
「あら、どうしたの?」
「あ、あなたは誰ですか?」
勇はびくびくしている。初めて出会う人だ。
「私? 昔、ここに勤めていた音楽教師の谷川香江子(たにがわかえこ)。もう30年近く前に死んじゃったんだけどね」
その幽霊、谷川香江子は1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災で亡くなった音楽教師だ。それ以来、幽霊としてここに時々来ているという。
目の前にいるのは、どうやら幽霊のようだ。だが、とても優しそうだ。怖い幽霊じゃなさそうだ。勇は逃げ出そうとしない。
「えっ、幽霊!?」
「うん。でも、怖くないわよ」
谷川は笑みを浮かべた。とても可愛い。勇はすっかり見とれてしまった。
「全然怖くないよ。その歌声に、思わずうっとりしてしまった。それに、この歌にひかれて」
「本当? ありがとう」
谷川は少し照れた。でも、どうしてこの歌にひかれたんだろうか? この曲が好きなんだろうか?
「ねぇ、この曲、何と言うの?」
「これ? 愛の讃歌」
愛の讃歌? 神戸讃歌じゃないのかな? ひょっとして、神戸讃歌の原曲だろうか?
「ふーん。僕は別の名前で知ってる。ヴィッセル神戸のサポーターズソング」
谷川はそれに反応した。ヴィッセル神戸を知っているようだ。
「ヴィッセル神戸? 知ってる! Jリーグのチームだよね」
谷川はヴィッセル神戸を知っていた。1994年に発表されたプロチームで、来年から始動する予定だった。だが、初練習の日は翌年の1月17日、そう、阪神・淡路大震災の日だった。自分の命が終わった日に始動したチームだ。ヴィッセル神戸の活躍を生で見たかったのに。谷川は無念で仕方なかった。
「うん。神戸讃歌って、この曲を元にした曲なのかな?」
「そうなんだ。私、ヴィッセル神戸ができた時、とても期待していたのに。どうしてあんな日が初練習になったんだろう。そしてあの日、どうして私は死んでしまったんだろう」
谷川は泣いてしまった。どうして初練習の日がこんな日になってしまったんだろう。今のヴィッセル神戸の躍進を、この目で見たかったのに。
「私、その前日に結婚式を挙げて、それで愛の讃歌を歌ったのに、その翌朝は・・・」
谷川は愛の讃歌にも思い出があるようだ。谷川は、阪神・淡路大震災の前日に結婚式を挙げた。その時に、夫の前で披露したのが、愛の讃歌だった。結婚式に来た人はみんな、その歌声に感動していた。だが、その翌日、これから新婚生活が始まる矢先に、阪神・淡路大震災が起きてしまった。そして、自分と夫は亡くなってしまった。どうして自然の力に負けてしまったんだろう。無念でしょうがない。
「大丈夫?」
「大丈夫よ。あまりにも悲しくて・・・」
と、勇は父から聞いたヴィッセル神戸のこれまでの話をした。去年、初優勝を飾り、強豪と言われるまでに成長したけど、それまでの道のりは困難ばかりだった。
「お父さんから聞いたんだ。ヴィッセルって、Jリーグに参入して以来、弱くて弱くて、2回もJ2への降格を経験したんだよ。だけど、だんだん力をつけてきて、去年ようやく優勝したんだよな」
Jリーグに参入したのはいいが、補強はしてもなかなか強くなれず、降格の危機になったり、J2降格になったりもしたが、そうなっても1年でJ1に復帰した。近年では大物助っ人を次々と補強して、徐々に強くなっていった。そして、去年、初優勝した。
「私、それを見えない所から見てた! 感動した! 選手たちと歌った神戸讃歌、私も歌ってしまった」
スタジアムに来ていたサポーターには見えなかったが、谷川は確かにそこにいた。そして、一緒に神戸讃歌を歌ったという。
「僕はその時、スタジアムにいなかったんだけど、テレビの前から歌ってしまった」
「本当に感動したよね」
勇はあの瞬間をテレビで見ていた。そして、両親と一緒に感動していた。阪神・淡路大震災から28年が経った。そして、ようやくたどり着いた栄冠だった。
「うん。あの日の初練習から、そして阪神・淡路大震災から29年目、ようやくみんなの夢が結実したんだね」
「本当に感動的だったね。でも、生きているうちに見たかったな」
と、夕焼け小焼けが鳴った。そろそろ帰らないと。母が心配しているだろう。
「そろそろ帰らないと。バイバイ」
「バイバイ」
勇は音楽室を出ていった。ふと、勇は思った。この小学校は、阪神・淡路大震災でどうなったんだろうか? 校舎は大丈夫だったんだろうか? 体育館などは避難所に使われたんだろうか? その時のことが、もっと知りたくなった。
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