根古谷猫屋

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「修行? 何それ? この間いなかったのはそれに行ってたってこと?」 「にゃんと申しますか……」  ハルは言い淀んでいたが、僕のしつこさに負けたのかついに語り始めた。 「しょうがありませんにゃあ……。くれぐれも他言無用ということで」 「こんな話、他の人にしたって気が狂ったと思われるだけだから大丈夫だよ」    ハルがいかにも不承不承といった感じで話してくれたのは、およそ次のようなことだった 。  猫というものは、(よわい)十年を数えると化け猫になる権利が与えられるらしい。権利が与えられるというのがミソで、ただ歳をくっただけではダメなのだ。  各地には〝根古(ねこ)(たけ)〟とか〝根古谷〟とか呼ばれる秘密の場所があって、そこで修行して猫の師匠から免状が与えられると化け猫になれるのだという。  化け猫になると自分の地域の猫たちの親分になることが出来るという仕組みなのだ。 「へぇ……猫のボスみたいなのってそうやって決まってるんだ」 「いえいえ、大部分はそうではにゃいですよ? 化けの頭目はそんなにおりみゃせん。表面に顕れるものが全てではにゃいので」  修行を経てきただけあって、なかなか威厳を感じる口ぶりだった。 「の、ようなわけでですにゃ、私もこの度目出度く化け猫の段位を取得出来ましたので……この辺りの猫族も稲荷のご神意を承れる立場を得ましたのですにゃ」 「それって雑用させられるってことじゃないの?」 「いえいえ、それがそうバカにしたものでもにゃく。色々特典もおおございますよ」 「たとえば?」 「それはみゃあ……稲荷のご神徳・ご利益(りやく)にあずかれますし、この辺りでの猫族の地位が格段に向上いたします」  具体的なことはよくわからなかったが、それ以上はつっこまなかった。動物の世界も色々あるのだろう。  僕は少し考え込んでしまった。 「上手くいってるの? ここの博打をやめさせるの」 「それがにゃかにゃか……。狐たちも狐火やら怪音やらで脅かしたようですが、何分博打で盛り上がっておる上に酔っぱらっておりみゃすので」  その場の情景が目に浮かぶような気がした。頭にクラクラくる。 「狐たちは化けて脅かすわけにはいかなかったのかな?」 「狐が化けるにはある特殊な葉っぱが必要にゃんですが、それが今品切れのようで。製法を知っておる長老も先ごろ頓死したようにゃんです。はい。そこが今我々の付け目と申しますかにゃ」  どうやら陣池の動物界隈で熾烈な権力闘争がおこなわれているらしかった。 「ハルは化けられるんだよね?」 「まあ、化け猫と申しますだによってにゃ」  ハルは少しふんぞりかえったように見えた。 「ただ……問題がありまして、我々が化けるにはある特殊な手ぬぐいが必要にゃんですが……それは支給されませんので自分で揃える必要があるんですにゃ」 「手ぬぐいくらい、いくらでもあげるよ!」  僕は身を乗り出した。実は僕の父親は過去、賭博で警察のご厄介になったことがあるのである。  (ありがたいことに)常習ではなかった(とされた)ので懲役にはならなかったようだが、随分と外聞が悪かったらしい。  最近は反省し公営ギャンブルでちょこちょこ遊んでいる程度だと思われていたのだが……。  そもそも父さんが賭け事が夢中になると家計に響くのだ。  父さんは博打が好きだが決して強くはないのである。 「ああ、いえ普通の手ぬぐいではダメにゃのです。私、根古谷修行でだいぶ使ってしまい今持ち合わせがございませんで、ほとほと弱っておりみゃして……」 「持ち合わせ? 何があればその手ぬぐいが手に入るの?」  父さんが博打をやめてくれればいうことはない。僕はハルに積極的に協力する気になっていた。  なんだか上手く乗せられたような気もするが、利害は一致しているのだ。  深く考えないことにする。
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