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翌朝。
登校途中に、早速猫を見かけた。まだ集落から出るまでの道である。
知っている猫だ。ハルと同じ地域猫だった。
「おーい、ドナテロ」
たしかこんな名前だったはず。僕は気軽に、もし見ている人がいても変に思われない程度に軽々しく声をかけた。僕の普段のキャラとは少し違うかもしれないが。
枯草の中をのほほんと歩いていた猫のドナテロは、ひょっと前足を上げたまま立ち止まった。
まんまるにしたまなこを、じっとこちらに向けている。
「ドナテロー、僕の言ってることわかる?」
客観視点で自分の姿を頭の中に思い浮かべてみると、相当に恥ずかしい。
一回、瞼が開閉した。猫のである。
『もうそろそろ行くかな』
バカなことをしてしまったな、と思っているまさにその時、
「えっ? ひょっとして私に声をかけてにゃっしゃる……?」
何かひび割れたような、遠くから響いているような声が聞こえてきた。
「ええーっ、いや、まあ、はい。そう……ですけど」
神様の時と違って頭の中で響いている感じはない。ので、僕も口に出して答えてしまった。誰も見てないといいけど。
「猫語しゃべれるんですかにゃ?」
「色々あってね……」
こっちの言葉も通じるのか!
僕は観念して猫と会話を始めた。もちろん周囲に人がいないか周到に確かめてからのことだ。
「はぁー、ハルさんを探すために……。何とも情の深いお話ですにゃあ」
稲荷の神様のくだりは雑にすまし、僕はかいつまんで今までの経緯を説明した。あくまで僕が認識している経緯だ。
「しかし、あのお方のことならそんなに心配することはにゃあですよ」
ドナテロは呑気に片足を揚げて股を舐めている。
「え? 何か知ってるなら」
言いかけた時〝おーい、何やってんの?〟と声をかけられる。知り合いの上級生だ。名前は森田恭司。
ドナテロも逃げてしまいタイムオーバーだった。
「何やってんの? こんなとこでボーッとして」
「ええ、ああ、いや猫を探してるんだよ。地域猫で結構僕に懐いてたんだけど」
「え? それハルだろ? 今のやつは明らかに違うじゃん」
ドキッとした。結構目ざとい。
「良くわかるね、恭ちゃん……」
森田は、この集落の人間ではない。たまにここの友達のウチに遊びに来ることはあるのだが、猫の違いを認識しているとは意外だった。
「そんぐらいわかるよ」
僕と恭ちゃんは並んで歩き始めた。
「地域猫っていなくなったら探さなきゃいけないようなもんなの?」
「いや、どうなんだろ? 他所は知らないけどウチじゃそうなんだよね。猫との距離が近いっていうか」
僕が住んでいる区域は、賑やかなところからは離れているし、ちょっと奥まったわかりにくいところにある。そのせいかちょっと変わっているのだ。
昔、稲荷を中心にして神社の世話をしていた人々が集まって出来た集落では、という話である。
氏子とも少しニュアンスが異なる。昔、何かの研究者の人が来たこともあるらしい。
恭ちゃんは同じ町の人間だけど、集落は違うのでこの辺の事情は薄っすら知っている、程度だった。もうはっきりわかっている人の数の方が少ないようだ。
「まあ、見つかるんなら早く見つかったほうがいいよな。俺、あの猫好きだったよ」
恭ちゃんは微妙に見つかるとは思ってなさそうな言い方をした。
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