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「バージルさん」
「うおっ!?」
背後からした突然の声に驚き、思わずライフルを構える所だった。
恐る恐る振り返ると、おぼんを持って気まずそうにするマルテルと目が合う。
何かあれば、マルテルはいつもノックをしてくれる。そんな音にも気付かないくらい、レックスとの時間に浸っていたみたいだ。
誰にも見せる事はなかったレックスへの声掛けを聴かれていたかと思うと、顔が火照った。
「な、なんだ!?」
「すみません。スコーン届いたので……良かったら休憩して下さいね」
マルテルは屈んでくれて、おぼんの上を見せてくれた。綺麗な焼き色をしたスコーンと紅茶が乗っている。
「そっか……」
恥ずかしさは少し残っているけど、久しぶりの菓子にバージルも口許を緩ませた。
「ありがとな」
久しぶりのバージルの笑みに、マルテルは心を震わせている様子で。
おぼんを手渡した彼は両拳を握り、グッと力を込めた。
「……元気、出して下さいね」
やっぱり、さっきの声掛けは聴かれていたのかもしれない。
一瞬黙ってしまったけど、込み上げてきたのは嬉しさで。
彼からのエールだと感じたバージルは、力強く笑顔で頷く。
「おぅ」
深々とお辞儀をして去ったマルテルを見送ると、バージルは床におぼんを置いた。
スコーンを割り開いて、添えられていたクリームを塗り、久しぶりに口へと運ぶ。
サクッとした触感の後に口の中でほろほろとほどける、馴染みある味。
昔、レックスと一緒に孤児院で食べたのをふと思い出した。
だから、眠っていても届いていると信じて、元気付ける様に声を掛けた。
「お前も、きっとまた食べられる様になるぞ」
紅茶も口にして、心に余裕のあるゆったりとした時間をしばらく堪能した。
すごく、夢見心地だった。
「……少し、いいか……」
苦ではなかったけど、いつもレックスの看病に追われていたから、こんな時間は久しぶりで。
満腹感と紅茶のリラックス効果で眠たみが来たから、バージルは少し休憩する事にした。
ほんの少しだけ。本当にほんの少し、横になるつもりだった。
いつの間にか、バージルは寝息を立て、相棒のレックスと共に穏やかに眠った。
これが、相棒と過ごす最後の時間だった。
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