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「おいっ! 何してんだよっ!」
死者の血を啜ろうとする吸血鬼の肩を掴んだバージル。彼を引き剥がそうと、手に力を込めた。
「吸血鬼はこんな時でも人間の血吸うのかよっ! 百五十年我慢してたとか言ってた癖にっ! やっぱジジイにとっても人間は餌なのかよっ!」
「違う」
静かな否定がされた後。バージルの目に飛び込んで来たのは、惜別の表情だった。
嘘なく、正直に悲しんでいる顔だったから、動揺して指の力が弱まる。
「……この者は、決して餌ではない。儂の孫同然の仕事仲間じゃ。さっきの二人もな」
悲痛な声にも、感情が籠っていた。
マルテルの身体を起こし仰向けにしたアルカードは、慈しむ様に彼の頬を指で撫でた。
「人間は、儂等吸血鬼よりも遥かに寿命が短い。共に居た記憶はあるが、歳を取れば細かな事は忘れてしまうかもしれん。じゃが、血なら糧となり、儂の体内でその者は永遠に生き続ける。長らく共に過ごした者の一部を、自らの中に遺せるんじゃ」
ただ命じられるままに倒してきた種族で、血を吸う意味なんて食事以外にない。
そう決め付けていたバージルにとっては、心の深い部分に突き刺さる様な考え方だった。
「人間をただの餌として見る吸血鬼が今やほとんどじゃが、血を吸うというのは他人を自らの中へ受け入れるという神聖な行為じゃ。信頼の証とする者も居る」
考えた事もなかった価値観。
吸血鬼に対する憎しみはあるけれど、マルテル達を想う彼の気持ちは本物だと感じ始めた。
「どうか、この子を儂の中に遺させてくれ」
吸血行為に関して、完全に肯定的な考えを持ったわけではない。けれど、アルカードの言葉は信じようと思った。
「……わかったけど、なるべく早く済ませろよな」
アルカードの切実な願いを受け止め、バージルは彼から手を放した。
「恩に着る」
アルカードはマルテルの首筋に残った血を綺麗に舐め取っていった。
その光景は何処か艶かしく、彼の容貌がそんな雰囲気をより際立たせている様だった。
まじまじと見る様なものでもないと気付き、バージルは慌てて立ち上がる。二人に背を向け、しばらく待った。
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