K氏の百点満点の死

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 * * *  ちく、ちくり。慣れた痛みにK氏は瞼を震えさせた。 「五十一点……いい結果とはいえませんね」  これまた聞きなれた声が、どこか呆れたように、それでも朗らかに点数を告げる。 「これならば、と思ったが、そうはいかなかったか」  生き返ったK氏はヘッドギアを外し、これまで以上に深い溜め息を吐いた。 「ということは、次が最後のチャンスというわけだな。本当に慎重にいかなくては。私の数百年がかかっている」  つと、K氏は職員を見つめた。ここの施設は評判がいいはずなのだ。しかしこれまで九十九回、様々な死に方を試してみたが百点満点には至らない。もしかすると次も。そもそも「評判がいい」というのは勘違いだったのでは。 「そう気を落とさないでください。次こそきっとうまくいきますよ」  視線に気付いたらしい職員が目を細くして微笑む。 「実は、あなた様のような方が多いのです。そういった方々でも、ちゃんと百回目に百点満点の死を得ていますよ」 「もしかすると、実は百点満点ではないものの、君達が百点満点だったということにして、終わりにしている、なんてことはないだろうな?」 「まさか! そんなことをしたら国に怒られてしまいますし、我々職員が死の許可を得るのに千年かかるようになってしまいますよ!」  それもそうだなと思い、K氏はまた休憩することにした。次が最後の挑戦となるのだ、この休憩の間に、これは、というものを見つけなければならない。  ひとまずは落ち着くために、カフェでコーヒーを飲むとする。ここでコーヒーを飲むのも何回目だろうか。思い返せば、ここに来てすぐの時「自分はもう終わりを迎えるのだ」と、しみじみコーヒーを飲んだっけ。あの時はすぐに終わると思っていたのだ。ところが現実は違った、百点満点の満足のいく死とは、なかなか難しいものである。 「やっぱり『眠るように死ぬ』っていうのがいいのかな?」  不意に声が聞こえてきた。振り向けばきらきらとした表情の者二人がいた、その彼らの様子からK氏は察する、きっと彼は、ここに来たばかりの者なのだと。 「痛いのはやっぱり怖いしなぁ、何か変な死に方して『あれをやってないのに!』って思ってしまったら、それも話にならないだろうし……やっぱりそれが一番満足しそうじゃないか?」 「普通に老いて死ぬのなら、成し遂げたことも多い設定で死ねると思うんだよね」  彼らの無邪気な会話に、K氏もここに来た当初の自分について思い出す。自分も最初はそんな「自然な死に方」を選んだ。ベッドに横たわり、ゆっくり目を瞑り、そうして死んでいく「老い」のシチュエーションである。ところが芳しい点数を出すことがなかったため、今に至っているわけである。  しかしいま考えれば、その死に方はやはりいいように思える。いままでたくさんの死を経験してきたのだ、なかなか満足できないために、過激だったり劇的だったりする死に方も試してみたが、だからこそ、改めて「老衰」という死に方を試してみるのもいいのではないか? いままでのものは激痛が伴ったり、非日常的だったりしたではないか。生き物として、老いて死ぬ、それこそが一番の喜びではないのだろうか? 「最後の挑戦だ、最初にやって失敗したが、改めて『老衰』を試してみようと思う」  戻って来たK氏は職員に頼んだ。 「一度失敗した死に方を試してみようなんて、変なことだろうか?」 「いえ、そういう方は非常に多くいらっしゃいます。そしてそこで百点満点を出される方も多いのです。ちょうど、あなたから申し出がなかったら、私から提案してみようと考えていたところでしたよ」  職員はそう言いながら機械をセットする。 「それでは、最後の挑戦だ」  K氏はヘッドギアを手にすれば、被る前にじいとそれを見つめた。ここで失敗したのなら、先数百年、死ぬことはできない。ずっと労働の日々だ。だからこそ、ここで決めなくてはならない。  しかしこれから試す「老衰」は、改めてやってみようと思ったものの、やはり一度失敗した方法である。迷いが生じる。最後の挑戦は本当にこれでいいのか、やはり変えて新しい方法を考えてみるか――。 「大丈夫ですよ、今度こそ、百点満点が出せますよ。私がお手伝いします」  職員が声をかけてくる。 「信じてください。この施設では、必ず百回以内に百点満点の死が得られるのです。どうぞ、力を抜いて」  言葉に促され、K氏はヘッドギアを被った。
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