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──長いまつ毛に縁取られた大きな目、通った鼻筋、柔らかそうな薄紅色の唇。いいな、いいな。全部が欲しい。全部を貰ってわたしのものにしたい。
ずっと見つめてきた。ずーっと見つめてきた。
きみが友達と喋っている時の顔も、家族と話している時の顔も、ひとり部屋で過ごす時の顔も。ぜーんぶ見つめてきたからすべて知ってる。わたしこそがきみを全部分かってあげることが出来る。心配しないでね、ずっと見守ってるから。一番そばにいるから。
「──ずっと、視線を感じるんだよね」
きみは友達と電話で喋ってる。ああ、ああ。きっとわたしのことを話してくれているに違いない。きみは優しいから視線のことを誰かに話せなかったけど、やっと勇気を出せたんだねぇ。でも大丈夫、きみに絶対に危害は加えたりしない。ずっと見ているだけだから。
『えー……なんか怖いね、それ』
「まぁ害があるわけでもなさそうだし、私もあんま気にしないようにはしてる。こういうのは疲れてる時に起こる気のせいってのもあり得るしね!」
『たしかに、アンタここのところ引っ越しの準備でバタバタしてたもんな〜……あ。そういや部屋の物の断捨離もするって言ってたけど、結構進んだ感じ?』
「うん。本はあらかた整理が出来たから、あとはこれだけだね」
きみがわたしの方を向く。未来に向けて歩き出そうとする目はキラキラしてる。可愛いなぁ、可愛いなぁ。やっぱりきみは可愛い。ずーっと見つめてきたけど、どれだけ見ても見飽きることなんてない。
『古いものから始末していけば?』
「う〜ん、思い出とのせめぎ合いが……」
『そんなこと言ってるとずっと終わらないままだぞ!頑張らないと!』
「んー……」
きみはスマートフォンを持ったままこっちをじっと見ている。悩んでる顔も可愛いなぁ、その顔を持って生まれたならわたしも人気者になれたかなぁ。
──そうして、しばらくの沈黙を挟み。
きみはゆっくりと引き結んだ唇を開いた。
「──……じゃあ、これからかなぁ。
わたしは可愛いと思ってたけど、クラスのみんなや家族はあんまり好きじゃないって言うんだ」
ほそい指がわたしの身体を掴んだ。
持ち上げられた身体が、ふわりと風を切る。
友達は電話口で納得した声を上げた。
『あー、あの不気味な人形ね』
──その瞬間、わたしはすべてを悟る。
ああ、やっぱり。やっぱりわたしは愛されなかった。大多数の『みんな』には受け入れられることがなく、最後には棄てられる運命だったんだ。きみみたいに可愛かったら『みんな』から愛されていたかな、幸せになれたかなぁ。
きみはわたしを見ている。わたしもきみを見ている。
じっと、じっと見ている。
その視線が泣きそうなものであることに気付いて──わたしは本当に考えるべきことに思い至った。
違う、ちがう。大多数のみんなに愛されなくたって構わない。ただひとりだけ、自分のことを理解してくれるひとが欲しかった。そのひとさえ居てくれたらわたしは幸せだったんだ。
わたしに訴えかける目があったなら、叫ぶ喉があったなら。きみに向かって伝えていただろう。
『羨んでごめんね、大好きだった』と。
でもわたしは目も喉も持ち合わせていない。──だから触れ合っているこの刹那に祈るしかない。たくさんの愛を投げかけてくれてありがとう、何も返せなくてごめんねと。
わたしの身体は『不用品』と書かれた仕分けのダンボールに横たえられた。文字とは似つかわしくなく、優しく、やさしく、丁寧に。
部屋の明かりを背に受けて影の落ちた顔。
きみは友達に聞こえないように、唇を動かした。
"ありがとう、きみはずっとわたしのともだち"
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