彼の幸福な昼下がり

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 にやりと告げると、フィロはクルサートルの返答を待たず、パタリと音を立てて戸の向こうに消えた。  ひとこと言いかけた口を仕方なしに閉じる。言いたいことだけ言って躱して去るのがフィロらしい。大体、理性を失うとかどんな代物だ。どこぞの好色色ボケ馬鹿ではあるまいし。  何を考えてるんだか、と思いながら、セレンの自室の戸を叩く。フィロから話が行っているせいか、すぐに「どうぞ」と返事があった。  フィロの話も大袈裟だろうと、なんの気も無しに戸を押す。 「クルサートル」  息が止まった。  窓のそばに佇んでこちらを向いた姿が目に入った瞬間、扉を開けたそのままの姿勢で金縛りのように身の自由が奪われる。  セレンの装いは、他の選択肢はあり得ないと思うほどセレンにぴったりだった。  明るさをやや抑えた白に近い薄い銀の布は、控えめな光沢のせいか窓から入る陽光を受け止めて優しい輝きを放つ。服の造りは実に簡素に見えるが、それがかえって本人の魅力を隠すところなく引き出していた。  丸みのある華奢な肩は幅の広い肩紐で隠されて、むしろ細い首筋に視線を行かせる。布から出た鎖骨の下ではわずかに濃い色の帯状の布で胸が覆われ、真上に見える肌の白さを引き立てる。飾りはただ一つ。肩紐と見頃が繋がる箇所には、同じ布で花の形を模した飾りが右胸にだけついて、少しだけ華を添えていた。  さらに、布は体の線に沿って下へ落ちて背筋の良さを分からせるし、腰の切り返しからは斜めに切られた複数の布が縫い合わされて、腿あたりから裾にかけてなだらかに広がり、女性らしい美しさを主張する。  控えめな色合いと少なめの露出でセレンの物静かな気質を表し、それでいて少ない装飾と自然な形が嘘偽りなく芯の強い心根を表すようだ。  長い髪は普段の通り簡単に一つに縛っているだけなのに、着ている人間の外見の美しさも内なる魅力も、余すところなく伝えてくる。  虚飾を排し、布地本来の趣を生かした自然な造りは、清純で潔癖、強くしなやかな反面、華奢で可憐というセレン自身を見事に具現化する。 「クルサートル? 大丈夫?」  思わず視線が逃げて俯き、手が扉に支えを求めていた。 「……フィロに……殺される」 「え!?」  敗けた。完敗だ。  ――あいつ凄いな……  けして官能的ではない。だが筆舌に尽くしがたい刺激が強すぎる。
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