彼の幸福な昼下がり

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 ここまで特定の人間に適した服を仕立てる手腕は他に類を見ないだろう。素直に感嘆を認めるしかない。 「な、何かフィロが言った? もしかして値段が」 「いや、悪い。それは気にしないでいい。なんでもない」  慌てて畳み掛けるのでなんとか精神力を総動員して立て直す。ぎりぎり理性は失われていない。窓際まで進んで、待っていたセレンと向き合った。  改めて近くで見ると、よく似合うという言葉が陳腐なほどに似合っている。思ったままを伝えると、「ありがとう」と嬉しそうに微笑んだ。  やたらな賞賛と謙遜の応酬は無駄に思える。短くも和やかな沈黙は、むしろ互いに相手の望みを期待して待つ証拠と分かる。  そしてその期待が実現されるという確信も。  いいか、と視線で問いかけると、いいよ、と少し照れた瞳が見上げてくる。  朱が差した滑らかな頬に手を添え、笑んだ桜色の唇を上向かせてやる。長い睫毛が震え、すぐ間近まで近づく―― 「おい……」  もう触れるというところで、頬がするりと指から逃げた。小さく吹き出して俯きがちになり、肩がわずかに震えている。 「こら……いつまで笑ってるんだ」  本来の行き場を失い代わりに額に口付ける。しかしこれでは満たされない。しばらくは我慢しきれずにくすくす言っているのを聞いてやるのに甘んじるが、全然足りない。 「ごめ……」  顔を上げたところを捕まえて、言葉の続きを奪った。 「謝らなくていい」  軽く息を塞いだあとに一言、謝罪を言わせる代わりに短い呼吸を許してやる。しかし次は、そう簡単に逃さない。  こぼれ落ちるような笑いが絶え、窓からの風がさぁっといって吹き抜けた。  交わす言葉もなく、しかし相手の存在を互いに確かめながら、甘やかな快に思いのまま身を任せる。昼下がりの陽光に温められながらも、触れて伝わる熱の方がずっと熱い。五感が研ぎ澄まされつつおぼろになるような妙な感覚を覚える中、鳥の囀りと葉擦れのさざめきだけが心地よく鼓膜を震わせた。  自他の境界が曖昧になるほどに、重なり合う意識に酔う。昂るのに落ち着く心は、彼女とでしか持ちえまい。  ある程度の充溢を味わったのち、どちらともなく重ねた唇を離す。すると目が合うか合わないかのうちにセレンが頭をぽすんとクルサートルの胸に埋めた。いつものことだが、恐らく本人は見られたくないほど顔が真っ赤に火照っているのだろう。
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