2.大杉正義の独白①

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2.大杉正義の独白①

ここに、ある男の作品が4篇並んでいる。 私、大杉正義(おおすぎまさよし)が社会科教師として赴任している私立日野出学園には、様々な人間が入ってくるが、私を含め、奇人や変人の類がそこそこ多い。この、いくつかの小品を学内の文芸誌等に残した大場洋二(おおばようじ)と言う元学生も御多分に洩れず、頭のネジが幾つか飛んでいる人間だった。彼は一年前に大学部を中途退学し、そこから音信はプツリと切れている。 大場は、私小説をごく短く書くことが得意だった。と言うより、それしか書き方を知らなかった。場所を無理矢理変えたり、1部創作を入れるのを覚えてからは、また創作にも幅が出てきたかと思ったが、大学4年の春に、彼は大学を中途退学した。 理由は誰も知らない。学内で受理した退学届にも、ただ「一身上の都合」とあるばかりである。 退学する前日に、ココアボーイの小泊が「酒には気を付けろよ」と大場から言われていたのを後から聞いた。大場は下戸である。小泊は大学2年生で、先日誕生日を迎え二十歳となった。今後のコンパなどの席で酒に飲まれぬよう、先輩として釘でも刺したつもりだったのか、それが最後の会話になってしまった。と、小泊は悔やんでいた。 酒で大学を辞めた学生は、正直何人か知っている。だが、下戸の大場に限って、酒が退学の理由ではありえない。 私は、彼を高等部の頃から知っている。当時は文芸部に所属していたが、良くも悪くも下らない本ばかりを書いていたので、部員内での評判は二分されていた。面白い、と言う肯定的意見と、私小説とギャグしか書けないと言う否定的意見である。 また、演劇部やお笑い関連の部活・同好会に出入りしては、台本を書いたりしていたので、そうした行いに眉を顰める文芸部員が居たのも事実である。 冒頭に書いた漫才台本は、お笑い・演劇台本の文字資料として残っていた、唯一の作品を収録したもので、彼が書いた最後の台本でもあった。 私は、彼を見込んでいた。だからこそ、理由不明の中途退学は心にモヤモヤが生まれずにいられない。 少なくとも、成績など学業が理由ではない。作品はふざけているが、授業態度や単位取得は比較的真面目である。 では、やはり経済的理由か。 教師として、すでに高等部を卒業し、成人を迎えているいち学生に、少々入れ込みすぎであると言う読者諸兄の意見はわかる。 また、中途退学している以上、既に大場は本学園と何の関係も無いのだ。 それでも気になっているのは、やはり私個人の興味が尽きていないからであろう。
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