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6.大杉正義の独白②
私は、大場の作品を大学の図書館や文芸部等の部室に保管されてある過去作を紐解いて読んでいたが、作品と現実ではいくつかの相違点がある。
まず、『ニンゲン、欠格』では、主人公は千葉に居ると書かれていたが、実際は『前岐阜』にもある通り、岐阜県の白川郷で生まれ育っている。彼は高等部から日野出学園に入ったので、それ以来大学も寮生活を送っていたのだ。
また、『多糖』(これもまた、何を思ってこんなものを書いたのだろうか?)のように入籍もしていない。
合っている点は、やはり賭博である。コレに関しては、私にも責任の一端がある。私が競馬や競艇を趣味にしていて、大場もそれにのめり込んでしまった可能性は否定できない。事実、大学部で聞き込みをしていると、彼が競馬新聞やスポーツ新聞を読んでいる所を見たと言う証言が複数出て来た。
賭博による、金銭的困窮。
あり得ない話では無い。しかし、在学時最後の日に言っていた酒についての話は、あまり聞かなかった。やはり大場は下戸らしく、飲み会でも彼は帰りのドライバーとして重宝されていたらしい。
私は連休を利用して、白川郷に行く事にした。顧問を務める歴史研究同好会があったが、エスケープした。私など居なくても、彼ら彼女らはどうにでも過ごせるはずである。
白川郷は彼の生まれ故郷だが、私自身好きな場所である。
高速バスなどを乗り継いで、ようやく到着した白川郷は、万緑の中に茅葺き屋根の家々が立ち並ぶ、いつ見ても壮観な名所であった。
大場の実家の料理屋は訪れる度に利用していて、既に馴染みとなっていた。
大場の両親は、私の来店に少し驚いた様子で、我が子の非礼を詫びていた。私は慌てて詫びの必要などないと説得せねばならなかった。
大場の退学の理由は、やはり経済的なもので、博打で借金すらこしらえたようで、それが明るみになり、ご両親は肩代わりした。
大場自身は働いてこの不義理を返すと言っていたらしい。
現在は都内のどこかで生活していると聞いたが、詳しいことはご両親もよく分かっていなかった。
私は白川郷の中にある白川八幡神社を訪ねていた。相変わらず、絵馬の多くはアニメ『ひぐらしのなく頃に』に関連したものが多い。
ここで、大場少年は観光客をカモにしていたんだな。私は『前岐阜』の内容を思い出し、1人ほくそ笑んだ。
「どぶろく祭りの館」は、境内にある。ここで行われるどぶろく祭りについて学べる場所で、来館者にはどぶろくが一杯振る舞われるのである。相変わらず、美味だった。
ふと、私は『前岐阜』で、大場の飲酒騒動を思い出した。彼が下戸になったのは、体質よりも、ここで飲んだあの体験が原因だったのではないか。
あり得ない話では無いと思った。一度酒で酷い目に遭って、以来アルコールにめっきり弱くなった学生や大人は何人か見て来ている。ましてや小学生の頃の話である。18、19の学生よりも大変だったはずだ。
彼は後輩の小泊に、「酒には気を付けろ」と言って日野出学園を離れた。小泊はそのころ二十歳になったと言う。不良学生が、台本まで書いてやった期待の後輩に対し、最後の最後に行ったアドバイスだったのかもしれない。
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