16話

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 三代目反田組若頭補佐 兼 三上一家総長・三上勇介――二十年前から見た目が一切老いていないことで有名なこの男。とても実年齢が三十八歳で、ヤクザ歴が二十年の幹部には見えない。幸希が二十歳前後のチンピラであると騙されてしまうのも、無理もない。 「へぇ、あのお嬢さん、ちゃんと亀の話してくれたんだ」  三上さんはゆっくりとこちらを向くと、クスクスと愉快そうに笑う。  俺はてっきり三上さんがしらばっくれるものだと思っていたので、意外にもあっさりと自分が黒幕であると認めて、肩透かしを食らう。 「望月くん、めちゃくちゃ怒ってたんじゃない?見たかったなー、その顔」  三上さんは悪戯に成功した子供のように、腹を抱えて笑い出す。  どうやら、望月を挑発するために、この男は幸希に亀の話を教えたようだ。他人が混乱する顔と、破滅していく姿が好きな三上さんらしい理由だ。   「……何で、彼女に近づいたんですか?田中なんていうあからさまな偽名まで使って」 「んー?君の動向を探るためかなぁ?君が俺の不利益になるようなことをしてないか、それとなく探りを入れてたの。君が望月の企みに気づいて、彼の誤解を解いちゃったら、()()()()が台無しだからね。……っていうのは建前で、本当はあのお嬢さんが可愛かったから。脈アリだったら口説いて五人目の彼女にしちゃおうかなって思ってたけど、あの子は君一筋みたいだから、流石に諦めたよ」  三上さんは悪びれる様子もなく、飄々とした様子で話す。それに対して、俺は思わず舌打ちをした。  俺は、望月が三上さんのことを嫌う理由が少し理解できた。 「随分大掛かりなことをしましたね。犯行の隠し撮りがあるんだったら、頭を持ち出す必要なんてなかったんじゃないですか?」 「俺もそう思って、最初は映像データだけ渡したんだけど、浅田の奴『死体がなかったら事件にできない』なんて言いやがってさぁ。でも、死体は燃やして灰になってるから、次の殺人まで待たなきゃいけなくなったんだよ!?想定より時間は掛かった上に、望月には頭のことバレるし、一時は大変だったんだから」  三上さんは殺人事件のことを話しているとは思えないような愚痴をこぼす。  やはり、俺の睨んだ通り、三上さんと浅田は結託していたようだ。 「望月会に送り込んだスパイは、あんたのところの()()ですか?」 「うん、そうそう。財産も、売れる臓器も失ったギャンブル狂い」  三上さんは、シノギで裏カジノを経営している。噂では、ディーラー側がイカサマをしており、三上さん側が必ず儲かるようにできているそうだ。  どうやらスパイは、裏カジノで負債を抱えた客のようだ。おそらく「借金をチャラにしてやる」とでも言ったのだろう。   「望月くんって、従順な子分に甘いよねぇ。普通、入って半年そこらのチンピラをあそこまで信用するかね?死体の処理させたり、嘘の情報を信じ込んだり……」  三上さんは不思議そうに首を傾げる。  その一方で俺は、彼が半年も前からスパイを潜り込ませていた事実に驚いた。  この人、一体いつから計画を練っていたんだ? 「こんな大掛かりな計画を練って、望月を蹴落として……。あんた、そうまでして出世したかったんですか?」  俺は半分厭味のつもりでそう言った。  すると、三上さんは再び水面に視線を向け、しばらく押し黙る。 「……本当は、オヤジが生きてるうちに、やり遂げたかったんだけどな」  三上さんは背中に哀愁を漂わせる。 「やっぱり、人生って思い通りにいかねぇな」    俺は三上さんを見ていると、この人の言動がどこまで本気なのか分からなくなる。   「……そういや、あんた、幸希に身の上話をしたらしいですね」 「身の上話ぃ?」  三上さんは眉間に皺を寄せながら、こちらを向く。 「コインロッカーで拾われて、施設で育ったっていう」 「あー、あれね」 「……あれ、()()()()()()()()をそのままパクりましたよね?」  田中について幸希から話を聞いている時、彼女は本人に打ち明けられたという身の上話についても話してくれた。その話を聞いている時、「これ、宮永さんの身の上話だ」とすぐに分かった。  というか、身の上話をパクるって何なんだ……。   「えー!?なーんだ。酒々井くん、知ってたのか」  三上さんはガックリとわざとらしく肩を落とす。 「そりゃあの人、酔ったら毎回あの話するじゃないですか。俺、百回は聞かされましたよ」 「あははっ!俺は五百回」  ケラケラと笑う三上さんを見ていると、田中に同情しているような様子だった幸希が気の毒になってくる。  この人が他人をからかう時によく使う「一部嘘を混ぜた話」、今回は「俺の身の上話」という部分が嘘だったようだ。 「ところでさぁ、酒々井くんは今の話を俺にして、どうする気なの?」  三上さんは先ほどと打って変わって、冷徹な声になる。 「もしかして、脅してるつもり?確かに望月くんが逮捕されるきっかけを作ったのは俺だよ?でも、俺は彼に事件を起こすように(そそのかし)したわけじゃない。どうせ望月くんのことだから叩けば埃が出ると思ってスパイを送り込んでみたら、案の定極悪非道なことをしてた。これが明るみになれば、望月くんは失脚になると思って、浅田に売ったの。まあ、彼のことだから、俺が何もしなくてもいずれはバレてたと思うよ?この話をカシラに話したければ、話せばいいさ。そうしたところで、俺は叱られるかもしれないけど、今の地位を失うことはない」  三上さんはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。  俺はすっかりこの人のペースに呑まれて、当初の目的を忘れていた。   「あっ!もしかして、治療費が欲しいの?それなら、全然構わないよ。酒々井くんには(おとり)役っていう大役を果たしてもらっちゃったからね。いくら欲しいの?」  三上さんの言葉を聞いて、俺はこの男に対する怒りを思い出した。   「そうじゃねぇよ」  俺は三上さんに詰め寄り、胡坐(あぐら)をかいて座っている彼を見下ろした。 「こんな怪我、痛くも痒くもねぇよ」  三上さんは頬杖をつきながら、俺を見上げる。 「あんた、望月が幸希を人質に取るって分かっててやっただろ?じゃなきゃ、彼女に亀のことをわざわざ教えねぇよな?別に俺が巻き込まれるのは一向に構わねぇよ。けどなぁ、彼女を巻き込んだことだけは許せねぇ」    三上さんは望月の元にスパイを送り込んでいた。それは犯行の証拠の入手や、嘘の情報をあいつに流すためだけでなく、望月会の情報を入手する目的もあったはずだ。つまり、この男は幸希が拉致されることを知っていたのだ。  望月を止めようと思えば、止められたはずだ。しかし、この男はそうしなかった。    俺は三上さんの胸ぐらを掴んだ。すると、彼の冷ややかな目が視界に飛び込んできた。 「二度と、俺の女の前に現れるな」  俺の脅し文句を聞いた三上さんは、小馬鹿にしたようにフッと鼻で笑う。その顔はまるで、小動物の威嚇をあしらう獅子のようだ。  そして、三上さんは横目で釣り竿の先を見る。 「つれないねぇ」  俺が手を放すと、三上さんは釣り竿のリールを巻いて帰り支度を始める。 「じゃあね、酒々井くん。もう()()()()()()()だろうけど」  去り際、三上さんはそんな言葉を残した。  俺は三上さんの言葉を反芻しながら、「あの人は、どこまで知っていたのだろうか」と考えた。
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