case.6

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 お祈りメールではないメールが届いたのはその日の午後のことだった。会社の名前に心当たりはない。ただメールに私の名前が記載されている以上、本命に落ち続け、数撃てば当たると手当たり次第受けたうちのどこかであることは確かだった。捨てる神あれば拾う神あり。エントリーフォームの内容はほぼコピーアンドペーストだった。  本命の企業には書類選考で落ちた。おそらく短大卒、第二新卒でもないという段階で足切りにあっている。高卒の母に大学、せめて短大に行って欲しいと言われ短大を選んだ。家から通える範囲内でという条件が付随していたからだ。もしも家を出られたなら、四年制の大学を選んだだろう。  年数が短い分学費が安く済むから、四年制を卒業するより二年多く働けるから有利になる。新卒の時には有利だったはずの短大を選んだ理由が、転職時にはことごとく裏目に出る。実際は四大卒の方が初任給が高く、給料は転職に影響する。  別にやりたいことなんてない。一人で自立できるだけの収入があればどんな仕事だって構わない、とまではいかないけれど。いずれかの条件が前職を超えていれば。可能なら最初から正社員で。  私の市場価格が一番高かったのはいつだったのだろう。新卒の時? 三、四年目くらい? 少なくとも今より前、三十歳になる前のはずだ。三十歳の賞味期限までには行動に移せたはずだ。今こうしていることは間違っていない……はずだ。私は先方の提示してきた日程で問題ない旨を返信して、再びベッドに身を横たえる。  次のところを探してから辞めるべきだった、それが正論なのだろう。だが人生の大半を学生として過ごして来た身には長期休暇の習慣が染み付いている。部屋に閉じこもって時間を浪費する贅沢を忘れることができない。もしあの頃怠惰に過ごした数ヶ月のうちの数日を今後の人生に配分できたなら、そう願わずにはいられない。社会人の財力に学生の休暇が合わさったなら、無敵に違いないのだ。残念ながら大した財力を持たないことが問題なのだけれど。  不意にインターホンが鳴って、私はベッドから這い上がる。足音を忍ばせながらリビングのモニターを確認する。モニターの向こうの人の服装を確認し、宅配便だという確信を得てから応答する。 「はい」 「お荷物のお届けです」 「今開けます」  玄関へと駆け寄る。服を着たまま寝ていてよかった。服を着ていない時は人前に出られるようになるまで時間が掛かる。  扉を開くと生温い外気が部屋の中へ侵入してくる。私の部屋は四階にある。エレベーターもなく、アパートと言った方が実態に近いかもしれない。炎天下に四階まで階段を登って来た配達員の首筋には汗が滲み玉を連ねていた。 「お荷物一点です。こちらにサインをお願いします」  ボールペンを受け取りサインをする。送り元には実家の住所が記載されていた。両手で抱えられる程度の大きさの箱を玄関に置いてもらう。おそらく米や野菜が入っている。礼を言うと配達員は控えを受け取りお辞儀をして去って行った。
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