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誰かの手引きがあるならば、この質問は奇妙だ。
「お前が指揮官か?」という質問ならまだ理解の範疇にある。
けれども、男の声は確かに「指揮官は何処にいる?」と聞こえた。
アイズが指揮官であると知らない。
内通者がそれを教えないのはあまりにも不自然だ。
「答えろ」
首筋の刀が押し込まれる。
皮一枚が斬れ、ツウと血が垂れる感触がした。
「それを聞いてどうする?」
「質問をするのは俺だ」
有無を言わさぬ声。
「次は無い。もう一度聞く。指揮官はーー」
「私だ」
アイズは即座に答えた。
死を覚悟した正答。
なれど、計算は既に済ませた。
後は、賭けの交渉。
命を掛け金にした、"敗北=必死"の口上戦。
一縷の可能性に縋る。
首筋の刀に再度力が入ると同時、アイズは「無意味だな」と言った。
刃が止まる。
「私を殺してどうする?首を掲げて走り回り、勝利宣言でもするか?確かに我が軍は動揺し、多少の時間稼ぎは出来るかもしれない。だがそれも数秒程度のもの。次の瞬間には本陣の手勢が一斉に貴様を襲うぞ」
先ずは時間稼ぎ。
ほんの僅かであろうが、一秒でも長く時を稼ぐ。
「ーーお前を殺せば戦争は止まるはずだ」
ーー良し、乗ってきた。
そう思った矢先、「はずだ」という言葉尻に違和感を覚える。
指揮官であるアイズの暗殺命令、若しくは単独行動。
どちらとしても、こいつは確信を得ていない。
表情には出さず、アイズは心根でニヤリと笑む。
「貴様は指揮官の何足るかを心得ていないな」
男は言葉を発しないが、首筋を斬りつける刀に小さな動揺が走った。
「指揮官とは、作戦立案と開始命令を下せば用済みの存在だ。まかり間違えて暗殺されるという醜態を晒そうが、作戦が上手くいっているのならば軍は止まらない」
無論口八丁。
だが、全てが嘘ではない。
事実アイズの首を晒せば、王国軍は士気を著しく低下させ、下手をすれば撤退となるかもしれない。
しかしあくまでそれは王国軍の話。
他国の将が殺されようと里の壊滅は目前、同列にて参加している公国や帝国が止まるはずもない。
首筋に宛がわれているが、刀に込めた力は感じない程弱まっている。
アイズは確信する。
やはりこいつは、"単独行動"にて戦争を止めに来ただけの無知者だ。
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