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もしも暗殺命令が下っているのならば、アイズとの問答など無用で殺害に及べば万事解決だ。
だが男はそれをしない。
加えて手引きをした者の不在。
もしも討伐隊側に間者が居るのであれば、アイズが指揮官だという事を知っていなければ不自然だ。
つまり、この男は戦時下でありながら単独で行動しどうやってか本陣の網の目を潜り抜けて指揮官を暗殺しに来た。
推察に確信を得てしかし、状況は好転してはいない。
当てずっぽうにも程がある御粗末な作戦であるが、この男の実力は確かなようだ。
でなければ、ここでこうしてアイズの首に王手をかけられてはいない。
指揮官であれど、アイズとて軍人。
剣や魔法にもそれなりの覚えがある。
しかし、そのアイズに顔も合わせていないのに勝てないと自覚させる畏怖が男にはあった。
さて、これからどうするか。
神経を逆撫でしないようアイズは慎重に言葉を選ぼうとする。
決して間違えてはいけない。
ミスは全て死に直結するのだから。
紡ごうと口を開いた時、刀が動いた。
ーーしまった。
思考に数秒の暇を奪われ、相手に殺害の決断を下す猶予を与えてしまった。
アイズは刹那に目を閉じる。
ここでやるべきなのは言葉を途切れさせない事だったか。
無念の文字が脳内に踊った時、しかして、そこにあるのは沈黙であった。
刀の感触が消えている。
目を開けば、刀はそこに無かった。
「その通り、、、かもしれないな」
途方に暮れた声音。
後方からのそれに、アイズは椅子から体を起こして振り返る。
そこに居たのは、長身で細身の男だった。
足の爪先から頭までの全身を黒の衣服で包んでいて、ランタンの明かりを微かに反射する空色の瞳だけが俯いている。
アイズはゆっくりと立ち上がる。
相手を刺激しないよう、見つめたままの状態で椅子から離れた。
何もしてこない。
奇妙だと思った矢先、男の目がこちらを向く。
「なら、どうしたら里は消されずに済むんだ?」
突然の問い掛けにアイズは深く困惑した。
何故それをこちらに聞いてくるのか。
疑問が幾つも浮かび、思考を混乱させる。
こいつは何なんだと。
「何を言っている?」
思わず困惑が口を次いで出てしまう。
返しに男は数秒こちらを見ていたが、ハッとした目をして刀を腰の鞘に仕舞った。
「そうだな。今のは忘れてくれ」
悲し気に言う。
「どう足掻こうと、もう、里は無くなるんだ」
諦めの言の葉。
異質な雰囲気を醸す男の目を見つめていて、不可解にも己に気付かせていく。
若い。
あまりにも若さを感じさせる瞳だ。
熟慮の足りない考察、敵の言葉に惑い感化される気質、決意を断念させる過程の大幅な欠落、思考をあるままに言葉へと変換させてしまう脆さ。
想像を越えた明らかな実力故に仮定の一つにも考察しなかった。
それでも、アイズの経験からその時期を通過し、更にそれらを多く見てきたからこそ分かる。
そうか、こいつはまだ子供なのか。
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