第2章ーわがまま淑女に御用心ー

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強い風の吹き付ける塔の天辺にスタンはキャリーケースを抱えて立っていた。 「あまり時間もないな」 下から上ってくる二つの魔力を感じる。 追い付くのも時間の問題だ。 スタンは左手でケースを抱え、右手の平を翳す。 「『術式介入(ハック)』」 唱えれば、カチャンと鍵の開く音。 抱え直して開ければ、眠ったサーシャの顔が見えた。 「無事だな」 言ってサーシャを抱くと、ケースを放り投げる。 投げた先に闇が口を開け、ケースはそこに消えていった。 サーシャを抱えたスタンは、今度はサーシャの額に右手の指先で触れる。 「『(かい)』」 指先が青く光れば、ゆっくりとサーシャが目を覚ました。 「スタン?」 顔を見て状況に困惑する。 下を見ればヒョオヒョオと風がなき、眼下の人間達は豆粒程度にしか見えない。 「キャア!」とサーシャはスタンにしがみつく。 「落ち着け。今は時間がない」 サーシャは困惑のままにスタンを見る。 「状況は後で説明する。今日は諦めろ。帰るぞ」 有無を言わせずにスタンは飛翔を開始する。 「もしかして、、、私」 スタンを見るサーシャの瞳が恐怖に染まっていく。 「誘拐されそうになったの?」 「、、、あぁ。お前を一人にした俺のミスだ。すまない」 サーシャは「そう」とだけ返して、スタンの体をギュッと掴んだ。 その手が震えている。 スタンは「安心しろ」と言う。 「守ると約束した。何があっても(たが)わない」 サーシャは少し驚き、次にはスタンの胸に顔を埋める。 「当たり前じゃない」 手の震えは、いつの間にか消えていた。 スタンは少し後方を振り返る。 「居やがった!」 「うぇ!?飛行魔術!?」 塔の天辺付近の窓から、サーシャの顔をした人間と先程の女が顔を出している。 (阿呆だな。種は蒔いたと言ったのに、逃げておけば良いものを。俺の射程に自ら入るとは) 思考の暇に、サーシャが顔をあげる。 「大丈夫なの?何かしてきそうだけれど」 サーシャがスタンの横から顔を覗かせようとしたので、「やめろ」と制する。 「見ない方が良い」 強く言うので、サーシャは顔を出すのをやめた。 「おい。狙えるか?」 サーシャの顔をした女が言えば、もう一人の女が「楽勝」と返す。 いつの間に顕現したのか、女は窓枠に足を引っ掻けて弓を構え、スタンを狙っていた。 「最悪落ちて死んでも言い訳がたつ。死体さえ持ち帰ればボスが何とかしてくれるはずだ」 サーシャ顔の女は、言って「本音を言えば生かしておいた方が良いけどな」と続けた。 「仕方ないよ。失敗するよりは良いって」 女は狙いを定め、矢を射ようとする。 なれど、唐突にその腕が掴まれた。 「ちょっと、邪魔しないでよ」 横に居るサーシャ顔の女に掴まれたと思い言えば、その女は消えていた。 「え?」 突然の事に困惑し、己の腕を掴むそれを見た。 真っ黒な腕。 それが後ろから伸びてきていた。 途端に抱くのは恐怖。 はたと振り向けば、真っ黒い巨大な口が開いている。 喉奥から伸びた手は、己の腕、両足、首と様々な箇所を掴む。 「ひっーーッ!?」 悲鳴をあげる間もなく、女はバクンとそいつに食われ、次には跡形もなく消えた。
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