第2章ーわがまま淑女に御用心ー

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馬車が大きく揺れて速度を落とし、漸く止まった。 「どうしたのよ?カリオン?」 困惑するサーシャを他所に、カリオンは馬車の扉を開けようとする。 「カリオン?」 再度呼ばれ、「お嬢、ここを動くな」と理由も告げずに扉を開けた。 瞬間に眼前を何かが落下し、馬車の下の地面にボトッと転がる。 「ーーッ!?」 困惑が恐怖の色に変わったのは、カリオンの背中越しに見ていたからこそ分かったサーシャであった。 カリオンは眼前を通った為に、その瞬間はそれが何か分からなかった。 「カリオン!?今の!?」 呼び掛けにハッとして扉の下の更に下に転がったそれを見下ろす。 視線が合えば、それがエディの顔であると認識した。 目を開き、瞬きもせず、カリオンを見上げる首から上だけとなったエディ。 カリオンは一部の動揺も見せず、即座に後退。 サーシャを庇うように抱き締めれば、「逃げるぞ。目を閉じていろ」と耳元に囁く。 壁を蹴破るか、若しくは扉から出るか。 どちらも罠である可能性は高い。 決めかねたその時、感じた事の無い悪寒がカリオンの全身を駆け抜けた。 ただの一閃であった。 馬車の真ん中を通ったそれが、容易く馬車を両断する。 縦に切断された馬車は、綺麗に割れて崩れ倒れた。 サーシャは暗闇の中で地面を転がる感覚に、困惑を深めた。 痛みはあれど、カリオンが己を庇って痛みを最小限にしてくれているのが分かる。 止まれば、己はどうやら右腕に支えられているらしいと気付く。 目を開ける。 見えたのは、両刃の剣を右手に遊ばせる見知らぬ男。 崩れた馬車の真ん中に立ち、「やるねぇ。カリオン」とこちらを下卑た笑みで窺っている。 混乱した思考でサーシャは理解に努めようとしたが、その肩が血で汚れている事に気が付いた。 夥しい血痕に、サーシャは眉を潜める。 はたと目を開いて見れば、馬車のそばに左腕が転がっていた。 それは、毛むくじゃらで良く見知った手に思えた。 故に視線をカリオンへと向け、肩から先を喪失したそれに言葉を失った。 「いや実際良い判断だ。俺の剣が馬車を斬る直前に天井を突き破って脱出するなんざ。経験でタイミングを合わせたのか?」 呼吸を荒くして睨むカリオンに、男はどうでも良い事のように続ける。 「死にたくなけりゃそいつは置いていけ。目的は金だ。身代金を貰ったら俺達はとんずらする」 簡潔に分かりやすく言う男のそれに、カリオンはただ一言、「断る」と返した。
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