第2章ーわがまま淑女に御用心ー

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無情の結末は呆気なく訪れる。 視界から消えたはずのカリオンの横顔が、即座に戻ってくる。 走り出したはずのサーシャを追い越し、ドシャと地面に転がる。 その胸には、剣が突き立てられていた。 理解不能。 サーシャは走り出したはずの足を縺れさせ、倒れたカリオンのそばに両の膝を落とす。 「馬鹿だなぁ」 後ろから残念そうな声と、歩みを進めてくる足音。 「往来なら殺さねぇとでも思ったのか?ここは北区だぜ?殺しなんざ日常茶飯事。誰も一々気にしちゃいねぇさ」 そう言いながら、ミミズクは絶望を映すサーシャの眼前でカリオンの胸から剣を引き抜く。 サーシャはしかし、ミミズクを見ていなかった。 物言わず横たわる己の護衛。 幼少より守ってきてくれた己の英雄。 その最後の姿に、悲しみだけが込み上げていた。 「ーーァァ!!」 声にならぬ叫びをあげて、サーシャは動かないカリオンにしがみつく。 嫌だ。 やめてくれ。 連れていくな。 幾度も共にあった記憶が、慟哭となってサーシャを支配する。 涙も止まらぬままに、血で染まるカリオンの服を両手で掴む。 次には首筋に衝撃が走った。 視界は暗転。 精神崩壊を起こしたサーシャは、容易く気絶していた。 「仲間が死んだくらいで喚くなクソ(アマ)。耳障りだ」 ミミズクは脱力したサーシャの服を掴み、乱暴に担ごうとする。 だが、サーシャの手はカリオンの服を掴んだまま離さなかった。 舌打ちをして、何度かサーシャごと振ると漸く離れる。 「クソ。もう二度とこんな仕事したくねぇな」 ミミズクはカリオンに背を向け、サーシャを担いで歩き出した。 「盗みの方が何倍も楽だ」 悪態を吐き捨てると、軽く跳躍して消えた。 数秒して、はたとカリオンは目を開く。 胸に手を当てる。 血が吹き出してくる。 (死ぬか。流石に、、、無理だな) 軽く笑みを溢し、次には真面目な顔付きに戻る。 血塗れとなった右手を動かし、頭に当てた。 ダダンの顔が浮かんだが、己の命の時間的に念話が可能なのは一人くらいだ。 そして、サーシャが誘拐されたとあっては時間も惜しい。 ならばと浮かぶのは、新人でありながら新人らしからぬ男の顔であった。 「ーースタン」 言葉をかければ、直ぐに『どうした?』と返事。 「すまない。本当にすまない」 『何かあったのか?』 「お嬢が、、、誘拐された」 声音は、悔しさで満たされていた。 『、、、分かった。直ぐに捜索する。敵の特徴は?答えられるか?』 カリオンはスタンの理解の早さに笑む。 「ミミズクと名乗る黒装束の男だ」 暫しの沈黙を経て、『承知した』と返答。 即座に念話は途切れた。 それだけで何かを察したスタンにしかし、不安は無かった。 これで良いのだと、不可思議にも晴れやかな心持ちがあった。 そうして、馬車の近くに転がったエディの顔へ視線を向ける。 「すまん。全て俺のせいだ」 言葉を吐き捨てながら、カリオンは静かに目を閉じた。
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