第3章ー死に花は咲かずともー

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あの頃の空の青さは、幾分にも自分に肯定的だと思えた。 世界も同様に、全てが己のものであると錯覚する事すら出来た。 たった二人。 世界から見れば、塵にも満たないちっぽけな二人。 けれども、自分達が最強であると盲目的に思えていた。 自覚を覚えた存在からすると、青みがかった若さという稚拙さに内包したつまらない思想なのかもしれない。 そんな折に、最強を夢見た二人は世界の広さを知らしめられる。 荒々しい口調をした冒険者の男だった。 たった一人の男に敗北の二文字を知らない二人は弱さを教えられた。 その男は、足下に転がる二人を見下ろして、地に這いながらも己を睨む諦めを許さない瞳を嬉々として見つめ、「気に入った」と言った。 気付けば二人は、その男に着いて冒険者となっていた。 目まぐるしい日々で、あまりに一瞬の日々で、その頃の事は深く思い出せない。 けれども一つだけ分かる事は、己の荒んだ人生の中で、最も楽しいと言える日々だった。 そうした中で出会った一人の少女。 実力も無く、世界に知見も持たず、弱くありながら我儘な少女だった。 護衛なんてつまらない仕事だと思っていた。 己の相棒もやる気を出していたとはお世辞にも言えない。 それでも己達に人生の豊かさを教えてくれた男の恩人の娘との事で、手を抜くつもりは無かった。 そうして挨拶を終えて護衛につく当日に事件は起こった。 身代金目的の誘拐だった。 前任者である『王都警備隊』の人間は、襲撃に合い殺されたそうだ。 面子の為に総力をあげて少女を救いだそうと躍起になっている連中を利用し、犯人の目を向けさせた。 裏をかいて犯人のアジトを見つけ出し、己と相棒は少女を救い出す事に成功。 簡単な仕事ではなかったが、その時に久しく忘れていた物を少女に教わった。 身を挺して少女を庇い、己が手傷を負ってしまった時である。 「ーーありがとう。ごめんなさい」 謝罪と感謝をそれしか知らない事のように何度も、何度も少女は言っていた。 当たり前に、けれども当然ではない事のように。 救助を終えたあとも己と相棒にしがみついて、泣き止んで眠るまで少女は繰り返していた。 そして眠った後でも、その手をなかなか離してくれなかった。 それが何故か、心地好かった。 相棒もそうだったのだろう。 己の服を掴む少女の手を見下ろして、見せた事の無い優しい笑みを浮かべていた。 不可思議な感情だ。 けれども、悪くない。 それから気付けば、相棒と少女と共にある事が、己の日常へと変わっていた。
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