第3章ー死に花は咲かずともー

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命を惜しいとは思わない。 願わくば、彼女が無傷で救われてほしい。 その為ならば、己は幾らでも差し出してやる。 願いは、届くだろうか。 知らずして、けれども安心はある。 選択は間違えていないはずだ。 あの新人、スタンならば確実に彼女、サーシャを救い出してくれる。 そう確信を持てる程の物を、スタンからは感じた。 己の大恩人で兄と慕う男よりも、強さにおいての信頼は大きい。 不思議でありながら、根拠はあげられなくとも、それでも自信を持てた。 後は眠るだけ。 残された時間はもう無い。 命の灯火が消えようとしている事は分かっていた。 後悔はある。 己がサーシャを守れなかった事だ。 怖い思いをさせた。 悲しい思いをさせた。 それだけがどうしても、悔やみきれない。 己は死して尚もきっと、彼女の無事を祈るだろう。 ーー慈愛なる女神様よ。 ーーどうか、彼女をお救いください。 願いと共に、意識が混濁へと落ちようとしていたその時、温もりが全身を覆っていた。 不可思議にも、痛みが引いていく。 死を経験した事はなくとも、その感覚が消え行く灯火のそれとはどうしても思えず、カリオンは目を開いていた。 暗闇から解放された視界は、己を包む青い炎と真っ赤な空を拝ませた。 「なん、、、だ?」 掠れた声で疑問を口にすれば、「間に合って良かった」と知った声が頭上から聞こえた。 視界にはためく紺色のローブの裾。 見下ろすのは、フードを深く被る故に顔が闇で覆われた存在だった。 「ミリアム?」 問い掛けにミリアムは「フフ」と声を漏らす。 「スタンさんから連絡を貰いまして、急いで来ました」 「スタンから?良くここが分かったな」 「念話の逆探知だそうです。紹介者なら手伝えって半ば脅しみたいに。そんな風に言わなくても手伝いますって」 悲し気に言うので、カリオンは鼻で笑ってしまう。 そうしてはたとサーシャの存在を思い動こうとすれば、ミリアムに「ダメです」と押さえられた。 「完全回復させてる訳じゃないので、暫くは安静です。容体が改善したら、病院まで運びますので」 カリオンは己を包む青い炎を見やる。 「これはお前の?」 「えぇ、回復系の魔術です。あ、ナイショですよ?ギルドにも申請してない魔術なので」 カリオンは頷き、「お嬢は?」と問う。 「依頼主の方ですか?さぁ。スタンさんが何とかするでしょう。そっちは心配してません」 言うと、「あれ?そういえば」とミリアム。 「スタンさんはどうして僕をカリオンさんの方へ向かわせたんでしょう?回復系統の魔術を使えるなんて言ってないんですが、、、」 首を捻りながら、「まだ何か隠してますね。あの人」と怒った声を漏らした。 それにはカリオンが「お前が言うな」と呆れる。 重苦しいはずの空気は既に無く、ミリアムは「返す言葉がありませんね」と苦笑じみた声で言ったのだった。
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