序章ーある1つの定義ー

13/21
前へ
/145ページ
次へ
名を馳せた『烏合』がその日壊滅したというニュースは、世界全土へと瞬く間に広がった。 世界最強の傭兵団。 そう呼ばれていただけに、『烏合』を知る者は嘘か実かと口々に疑心を溢した程だ。 そうして月日が流れると、その噂も風化して誰も話をしなくなる。 高々二ヶ月。 あの日から一年も経っていない。 なのに、もう遥か昔の事のように話題にもあがらなくなった。 スタンは言葉に尽くせない感情に言い知れぬ恐怖を感じながら、そこを歩いていた。 焼け跡。 かつて里であったはずのそこは、建ち並んでいたはずの家々の焼け跡しか残っていなかった。 周囲に死体は転がっていない。 外れの方に巨大な焦げ跡があったが、そこで軍に全て燃やされたのだろう。 伝染病等を考慮するならば、賢明な判断だと思えた。 煤痩けた柱や床が剥き出しになったそれらを横目に、スタンは歩みを進める。 進める程に、自身の心に対する疑念が強まる。 形容しがたい不安感。 この心持ちは何だろうか。 己はそれを知らない。 外れにあった焦げ跡を見た時、無性に目を逸らしたくなった。 死体も灰も残っておらず、あったのは焦げ跡のみだ。 毒殺の異質な死臭も、溺死の醜悪な見てくれも、惨殺の度し難い有り様も無い。 ただの焦げ跡。 一般的には知りたくも無いだろうモノを数多見てきた自分が、何故か目を逸らしたくなったのだ。 不可解。 あまりにも難解な感情だ。 これはどうしたら良い。 どうすれば治るんだ。 スタンはフラフラと揺れ始める。 気分が優れない。 立ち止まった。 瞬間に、強い風が吹く。 太陽の光を反射して、白く煌めく金色の髪が揺らいだ。 その美しい髪色とは対照的に、衣服は頭咜袋と見間違えそうな程薄汚れている。 空色の淡い双眼は、倒壊したそれを見つめて動揺していた。 ーーあぁ、どうしてだろうか。 そこには屋敷があって、自分と血の繋がらない祖父が暮らしていたはずだ。 ーーこの感情は何だろうか。 定期的な集会があり、皆が里の行く末について協議し、時には騒々しい程の喧騒を響かせていたはずだ。 ーー心にどんよりと雲が広がっているような、筆舌にも尽くし難いこの感情は何なのだろうか。 スタンは最早形も残していない瓦礫まみれの屋敷を見つめ、過去の幻影を目で追っていく。 ーー心にぽっかりと穴が空いたようで、とても空虚な感覚だ。 自身はその理由を知らない。 その感情も、過去の幻影を見てしまう事も、それを言葉へと変換出来ない稚拙さも、何も知らない。 自然と両の膝を落とし、脱力した。 冷たい物が頬を伝う。 雨かと錯覚したが、空は快晴だ。 はたと右手でそれに触れる。 涙。 ーー俺は泣いているのか。 あまりにも不可解で、困惑した。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加