第3章ー死に花は咲かずともー

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暗い部屋だった。 窓は無く、殺風景な石壁が存在するだけの部屋。 明かりは申し訳程度の電球が一つ。 サーシャはうつらうつらと揺らぐ思考の中で、ぼんやりとその明かりを眺めていた。 不思議な感覚であった。 先程まであったはずの恐怖も、悲しみも、喪失感も存在しない。 あるのは揺れていると思う思考だけ。 現状の把握である『明かりを見つめている』と理解する思考だけ。 心地好かった。 何も考えない現状が、ただただ心地好かった。 「薬、多かったんじゃないっすか?」 サーシャの前に立つ男が、隣でサーシャを見下ろすミミズクに問う。 「死なねぇ量なら問題ねぇさ。どうせ廃人みてぇなもんになるんだし」 「そうっすか?まぁ、頭が言うなら良いか」 男は言って、右手に持つ道具をカリカリと触る。 それは頭に装着する鉄の帽子とゴーグルが一体化した物だった。 「調節は?」 ミミズクの問いに、「最後の確認してるだけっす。問題ありませんね」と返す。 「んで?結局それはどういう理屈なんだ?」 「、、、俺も良くわかんねぇんすが、トラウマを何度も追体験させて記憶をすり潰したら、隙間に術式を埋め込むって野郎は言ってましたね」 「は?」 「ね?分からねぇっしょ?」 「それで?そうするとどうなる?」 「見た目や中身そのままに、術者の命令は何でもする傀儡になるって言ってましたね。何でも、記憶の中枢に術式を埋め込むから、生半可な事じゃ解呪もできねぇんだとか」 「要するに、バレねぇ催眠ってことか?」 「あ、それっすね」 ミミズクはスパンと男の頭を叩いて、「最初からそう言え」と怒る。 「いやつうか、頭が受けた案件でしょ?聞いてないんすか?」 「俺は催眠かける道具を渡すからそれをこのガキに使えとしか言われてねぇ。つうか、そういうの疎いんだよ。俺は」 男は呆れ、「これだから剣しか取り柄のねぇ男は」と言ってまた叩かれる。 「早くやれ」と怒気を孕んだ声音で言われ、男は身震いする仕草をわざと見せてからサーシャにその道具を被せようとする。 「しっかし、ガキとはいえ良い女っすね。時間がないからしゃーないっすけど、上手くいってたら一発やりたかったっすわ」 「ガキの何処が良いんだよ」 「処女ってのが最高じゃないすか。高貴な輩が俺みてぇな野郎に初めてを奪われる時の顔ったらないっすよ。マジ興奮します」 「相変わらずクソだな。てめぇは」 男は「ケヘヘ」と下卑た笑みを見せると、サーシャにそれを被せた。 ゴーグルの黒いガラスが赤く光るのを確認すると、男はミミズクへ振り返る。 「さて、後はピピンの野郎に罪を擦り付ける算段をして、とんずらするだけっすね」 「その魔道具は?そのままで良いのか?」 「完了したら時限式で自壊する仕組みっす。個体消去らしいんで、証拠は残りません」 「、、、野郎の作る魔道具は恐ろしいな。そんな高度な術式、普通無理だろ」 「っすね」 二人はサーシャに背を向けて扉から出ていく。 後ろ手に閉めると、ほぼ同時に中からサーシャの叫び声が聞こえてきた。 「可哀想な女っすね。親父が国王派についてるばかりにーー」 「滅多な事を言うな。何処で誰が聞いてるか分からねぇ」 遮られ、男は「うっす」と頭を下げた。 「お前はピピンを頼む。ちゃんと自殺に見えるようにしておけよ?」 「うっす。頭はどうしやす?」 「俺は逃げる準備をする。あいつらにも直ぐにとんずら出来るようにって伝えておけ」 ミミズクのそれに、男は「了解っす」と笑んで返した。
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