第3章ー死に花は咲かずともー

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ピピンは酷く後悔していた心根すら、最早影も残さず鳴りを潜めている事実を自覚していた。 暗がりの一室。 椅子に縛り付けられ、体はボロボロで、指一つ動かす事さえままならない。 仕返しが出来れば良いと思っていた。 それ以上は望んでいなかった。 己が立つはずだった土壌に、平民崩れの成り上がりが立った事への嫉妬心。 殺しなんて考えちゃいなかった。 ほんの僅かで良い。 嫌がらせが出来ればそれで良かったんだ。 こんな事になるはずではなかった。 そんな小物めいた思考すら、どうでも良くなっていた。 己は恐らく死ぬのだろう。 確実に殺される事だけは理解に及ぶ。 なれど、「自殺」を仄めかす発言をミミズクがしていたのは気になった。 幾度も殴り蹴られ心を折られた。 体は傷だらけだ。 そんな人間が首謀者で自殺を選ぶ算段をどうしてつけられる。 答えは不明瞭で、既に諦めの境地を極めた思考ではたどり着けなかった。 キイと音をたてて扉が開く。 一人の男が部屋へ入ってくると、「お、まだ死んでねぇな」と嬉しそうに言った。 その時が来たか。 ぼんやりとした思考でピピンは男を見つめる。 男はピピンの前で立ち止まり、下卑た笑みを向けてくる。 「あんたも可哀想な男だな。頭と出会ったばかりに、最悪の結末へ来てしまうなんて」 笑いながら、男はピピンの髪を右手で掴んだ。 「あんたの犯す罪は上級貴族への反逆。売国奴とほぼ変わらねぇ罪だ。分かるか?」 ピピンは何も言わずに男を見つめている。 「親族郎党纏めて牢屋行き。悪くて死罪、良くて国家追放処分だ」 言葉が耳に届けば、ピピンは瞼が腫れて潰れた目を大きくした。 「ま、、、待て。それだけは」 「今更なに言ってんだ?」 焦るピピンに男は嬉々とした瞳を踊らせる。 「やらかした罪は重く受け止めなきゃなぁ?あんたも貴族のお偉いさんなら、俺達愚民に規範ってもんを見せてくれよ?」 ピピンは震える。 そんな事になるなんて。 だがしかし、回転を取り戻した思考は絶望的未来へしか向かない。 男の言う言葉は真実だったからだ。 どうしたって抗えない。 死ぬ己に、覆せる力は無いのだから。 死なずとも、そう出来るかなど万に一つ程度。 もはや、力無く視線を落とした。 唐突に男が笑う。 「それだよ!その顔!!たまんねぇなぁ!」 玩具で遊ぶ子供のように、ケタケタと大きな笑い声をあげる。 ピピンはその不快な声を聞きながら、絶望に打ちひしがれていた。 瞬間、「あえ?」と男が頓狂な声をあげる。 次には掴んでいた手がダラリと落ちて、ピピンの前に倒れた。 不可思議な事にピピンが視線を上げると、黒服に身を包んだ男が立っていた。 「まさか二人も誘拐されているとはな」 男は言うと、動かぬ物となった倒れた男を蹴って動かし、ピピンの前にしゃがむ。 「悪いが俺には優先する人間が居る。この事を口外すればお前を確実に殺しに行く。理解できるか?」 言葉にピピンは素早く頷いていた。 ミミズクにすら暴力の果てには感じなくなっていた恐怖を、何倍にも再燃させる目を男が向けていたからだ。 「警備隊には連絡をしておいた。じきに助けが来る。ではな」 言い終わった時には、男は消えていた。 まるで夢でも見ていたかのように、しかし転がった死体が、男が実在した事を教えてくれていた。
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