第3章ー死に花は咲かずともー

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井の中の蛙とは良く言ったものだと思った。 否、己より蛙の方が幾分も優れているだろう。 何故ならば、斬られた己は空の青さも深さも知らなかったからだ。 "見えない"などという陳腐な言葉では語りきれない。 避けられない一撃。 否、防げない一撃。 否、己が武器を構えた刹那には、既に勝敗は決していた。 次元という壁が実在するのならば、スタンは既にそれを超越している。 そう思わせる程に、何も出来なかった。 視界が揺れる。 歩み去るスタンの背へと左手を伸ばす。 いつしか忘れていた羨望。 あれ程の力があれば、どれ程の有意義な人生を送れただろうか。 闇の世界に身を窶さずとも、光の世界での名誉を一身に浴びられたのではないだろうか。 心の奥深くに閉じ込めていた感情が、蜘蛛の糸をよじ登るようにして顔を覗かせる。 嫉妬。 捨て去ったはずの感情が溢れてしかし、僅か振り向いたスタンの瞳と視線が交差して気付く。 否定。 違う。 あれはそんなありふれたモノではない。 絶対零度よりも低温を携えた瞳の奥に宿る闇の光。 蠢くそれを認識して、理解する。 あの目は、あの姿は、『死』の具現化だ。 勝てるはずがない。 幾ら人間が強さを持とうと、概念であるそれを凌駕する事など有り得ないのだから。 瞬間の中で稚拙な思考を働かせ、ズルリと肉体を滑らせる。 胴体が別れを告げ、視界が暗転すると同時に地面へと倒れた。 スタンは立ち止まり、忘れていたようにミミズクを名乗っていた男の死体へ振り向く。 「証拠を忘れていた。首で良いか」 そう言って近付こうとして、ふと思い至る。 サーシャに「殺してきたぞ」と首を差し出した場合の想定。 叫ぶ未来しか見えない。 貴族とはいえ普通の女学生であるサーシャが、何も思わずに生首を眺められるとは到底思えない。 恐怖を再燃させるだけの所業だ。 「やめておくか」 当たり前を口にして、スタンは死体から視線を逸らす。 名乗っていたそれから過るのは、嘗て共に任務を行っていた者達。 あいつらは一体、今何処で何をしているのだろうか。 ふと思い、その目を死体へと再度向けた。 「ミミズクを騙るなら、先ずは奴の素性を調べろ」 くだらないと鼻を鳴らして笑う。 「そもそもあいつは今、"子連れ"だ。大切な存在を易々と手放す程、あいつは愚かではない」 届かぬ言葉を吐き捨てて、瞬間には消えていた。
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