序章ーある1つの定義ー

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己はここに残らなかった事を後悔している。 ーーなぜ? ーー分からない。 己は長老の指示に従った。 確かに指揮官を殺し戦争を止める事は叶わなかった。 しかし長老の命令は「生きろ」という一点のみで、それは己の勝手な判断だった。 だから、無駄だから、殺すのを止めて逃げたはずだ。 なのに、後悔している。 不可解で、不愉快で、自身に憤りまで感じている。 理解に苦しむ。 長老はこんな感情がある事を教えてくれなかった。 「ーーッ」 声にならない声が漏れた。 肉体が知らない感情に拒否を示し、悲鳴をあげている。 ーー何だ。 ーー何なんだ。 前傾姿勢となり、額で地面を穿つ。 ーー教えてくれ。 両手の指でガリガリと地面を掻く。 ーー誰か。 言い知れぬ不安と痛みが胸を支配している。 ーー誰か! 「ーーやはりここに来たか。ずっと探していたぞ。少年」 唐突な男の声に、スタンは肉体の悲鳴を制止させる。 ギロッと右方を見やれば、一人の騎士がそこに居た。 肩程まである銀髪を一つに結い、暗い赤の瞳をこちらに向けている。 銀のシャープなラインを持つ鎧は陽光を反射して眩しく思えた。 その男を、スタンは覚えていた。 己が殺そうとした指揮官だ。 「、、、何の用だ?」 ドスを利かせた声音でスタンは言う。 「少し話をしたかっただけだ」 言いながらその男、アイズは歩みを進めてくる。 「お前とする話など無い」 睨みを強くするスタンだが、アイズは構わずその側まで来た。 「そう邪険にするな。君を探すのにとっておいた有給を全部消化したんだ。少し位付き合ってくれ」 言うとアイズはそこに胡座をかいて座る。 そうして、何もない空間に右手を翳す。 するとそこに真っ黒な穴が出現し、アイズは右手を突っ込む。 警戒するスタンだが、アイズに微塵も敵意を感じない為睨むだけに止めた。 その穴からアイズが取り出したのは、袋に包まれた携帯食料と水筒だった。 「飯はちゃんと食ってるか?」 言いながらそれをスタンへ差し出す。 スタンは上体を起こしてそれを睨み付けた。 「心配しなくても毒なんて入ってないさ。それに、私も食べる」 包みを地面に広げると、穴から今度はカップを二つ取り出し、水筒からそれに水を注いでいく。 アイズは左手でカップを持ち、それを飲みながら右手でもう一つのカップをスタンへと差し出す。 どうやら「飲め」という事らしい。 スタンはいぶかしんでカップに視線をやるが、やはり敵意は無い。 仕方なくそれを受け取る。 匂いを嗅いで、少し口に含む。 本当に毒は入っていなかった。
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