第3章ー死に花は咲かずともー

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スタンは病院の椅子から動いておらず、ひたすら天井を眺めていた。 己が護衛として適任であるのか。 それは明らかに否である。 戦闘面においては一家言あるとして、『守る』という行為はどうやら苦手である。 一度は未遂で終わったが、少なくとも二度、己はサーシャを奪われている。 その失態は消えない。 「難しいものだな」 吐き捨てれば、心に奇妙な靄がかかっているようだった。 自責だろうか。 はたまた悔いているそれか。 思考も納得のいく答えは見いだせなかった。 唐突に、天井を仰ぐ額に冷たいカップが置かれた。 視線をやれば、それを置いた主、アイズが笑んで立っている。 「珈琲だ」 「ブラックか?」 「勿論」 スタンは顔をリズミカルに前へやると、宙に浮かせたカップを右手で掴んで見せた。 水滴はおろか、中の珈琲に波一つたっていない。 「助かる」 スタンのそれにアイズは頷いて、隣へと腰掛ける。 「君が戻らないとミアから連絡をもらってな。ここじゃないかと迎えに来た」 「心配をさせてしまったか?」 「ミアにはその必要はないと伝えておいたさ」 言いながら、アイズは己の持つカップの珈琲を一口飲む。 スタンも同じように口を付けた。 そうして、「今日は帰れないと思う」と言った。 「サーシャ・アルバレストか?」 スタンは頷く。 「まぁ、構わないさ。事情が事情だからな」 沈黙が流れる。 口火を切ったのは、スタンだった。 「守ってやるという約束を違えた」 アイズは少し眉を上げて続きを待つ。 「人を殺すより、守る方が難しい」 言葉に、アイズは大きく笑った。 スタンが睨むも、「当たり前じゃないか」と言う。 「人間なんて何を考えてるか分からない連中ばかりだ。そんな行動を予測するのも難しい人間を庇護するんだ。簡単であるはずがない」 「じゃあ、どうすれば上手く守れる?」 問いに、アイズはゆっくりと笑みを消し「知らない」と答える。 思ってもなかったそれに、スタンは閉口した。 しかしながら、アイズは優しく微笑む。 「絶対に守れる保証なんて誰にも出来はしない。ただ、"コツ"はある」 「それは?」 「自分に出来ない事はしない。自分に出来る事を惜しまず全力でやる。それだけさ」 「本当にそれだけか?」 「簡単じゃない。先ず、自分に何処までの範囲でやれるかを把握しなければならないからな」 言ってしかし、「まぁ、君なら出来るだろう。後は自分で考えなさい」と付け加えた。 スタンは暫く黙ったが、大きく頷いて「ありがとう」と言った。 アイズは再度微笑んで立ち上がる。 「さて、私は戻るかな。まだ現場の検分が全て終わってはいないし、サーシャ・アルバレストは事情聴取できそうにないしな」 言葉に、スタンは申し訳なさそうな顔をした。 「殺しすぎたか?」 「本音を言えば一人くらい証人は欲しかった。が、状況的に仕方あるまい」 「待て」とスタン。 「もう一人、捕まっていた男が居ただろう?」 「ピピンの事か?私達が到着した時には既に殺されていた。拷問が原因だろう」 スタンは眉を潜める。 己が見た時は、確かにまだ生きていた。 スタンははたと思い出して、側に闇を浮かばせ手を突っ込む。 そこから薄い束になった書類を取り出し、アイズへと渡す。 「これは?」 「奴等が始末しようとしていた書類の一部だ。間に合った物だけ回収しておいた」 「、、、何故私に?」 「俺は情報を盗むのは得意だが、使い方は知らない。あんたなら上手く使ってくれるだろう?」 スタンは「それと」と続ける。 「そのピピンは確かに生きていたはずだ。遅延系の術式も無かった」 「つまり?」 「俺に察知されない手練れの何者かが、あの現場でそいつを殺している」 スタンの実力を知るアイズには信じがたい言葉だったが、スタンの目は真剣そのものだった。
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