序章ーある1つの定義ー

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「昔からそうでしたよ。アイツは」 S1は言って、僅かに目尻の端を下げた。 あまりにも小さな変化であるが、老人はそれを見落とさず、嬉しそうに笑みを見せる。 「さて」と老人は息を吐く。 「もう誰も居らん。お前と俺だけだ」 「、、、職務中です」 「今生の別れだぞ?いつも通りで良い。スタン」 スタンと呼ばれて、S1は戸惑う。 しかしながら、口を覆う布を下ろして一息。 「今生の別れじゃない。爺ちゃん」 スタンの言葉に、老人は眉を寄せる。 「俺は、爺ちゃんと一緒に戦う」 意味を理解して、「馬鹿を言うな」と老人は呆れる。 「スタン。何の為に戦うつもりだ?」 問いかけに、スタンは返せなかった。 「俺の為か?里の為か?」 選択肢を与えるも、スタンは答えられない。 理由が無いから。 老人には分かっていた。 「理由も無いのに殺しをするのか?」 「、、、理由なら、ある」 「じゃあ言ってみろ」 「俺には、行く宛が無いからだ。里が無くなれば、仕事も無くなる」 まるで仕事をする為に生きているような言い種に、老人はガクッと肩を落とした。 「スタン。もう好きに生きていいんだ。里を出て、自分の思うように生きろ」 スタンは首を捻る。 理解が及ばない。 「あのなぁ」と老人。 「お前はまだ知らないだけだ。生きていれば、やりたい事も見つかる」 「特に無い」 「今は無くても、未来ならあるかもしれねぇだろ?」 「、、、無いな」 「だからーー」 言いかけて、老人は頭を掻く。 そうしてはたと顔を上げた。 「"生きろ"。これは命令じゃ」 途端に口調を戻した老人に、スタンは姿勢を只した。 「"ご命令"とあらば」 そう頭を下げるスタンに、老人は残念そうな目を向ける。 こんなやり方でしか、この少年を解放してやれないのかと。 「本当はこんな事、言うつもりじゃなかったんだがな」 またも口調を転じた老人はしかし、声音は穏やかでいて、暖かみを帯びていた。 「俺にもお前にも、家族は居なかった。この集団が、仲間と呼べる代物かも些か疑問だ。俺は長く生きてきて、様々な世界を見てきた。得もしねぇのに命を張る馬鹿や、弱いクセしててめぇの仲間や家族を守ろうとする愚か者。そんな奴等を見てきたくせに、俺はまだ知らねぇ。どうしてあいつらは、そんな事が出来るのかっていう理由をな」 老人の言葉は次第に重く聞こえてくるが、スタンには理解できず、それでも閉口して聞いていた。 「お前を拾って家族の真似事をしてみても、結局何も分かりゃしねぇ。無駄に歳だけ食い散らかしてきた馬鹿野郎なんだよ。俺は」 老人は、「だからよ」とスタンを見つめる。 「教えてくれ。これから先、お前が生きて、仲間や家族を作って、意味をお前なりに見出だして、そうしていつか、ずっと先の未来で"こっち"に来た時、俺に教えてくれ。これが、俺の"最後の命令"だ」 スタンは表情を変えないまま、「それは」と口を開く。 「それは爺ちゃんとして?それとも、長老としてですか?」 「、、、爺ちゃんとしてだ」 スタンは視線を下げ逡巡する。 しかし僅かに顔を上げ、「分かったよ。爺ちゃん」と悲し気に微笑んだ。
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