第2章ーわがまま淑女に御用心ー

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空を飛ぶという行為は、この世界の人間にとってさほど不思議な事ではない。 多様な魔道具を使えば、誰でも可能であるからだ。 しかし問題は、魔道具を使用したとしても魔力効率が悪いという点である。 冒険者を含めた一般的な魔力量を保有していたとして、使用可能時間は推定で十分程度。 枯渇すれば必然として落下する。 であるならば、単純に肉体を強化して走った方が幾分も効率的なのである。 無論、魔力効率を最適化した魔道具は存在する。 だが、そういった高難度の術式を施した魔道具は必然的に高額となり、手を出す者は少ない。 貴族で金銭的に裕福なサーシャの家としても、そんなものを子供に与えたりは流石にしないのだ。 だからこそその存在は有益で、こうして綺麗な街並みを見下ろす事ができる。 サーシャはそんな事を思考しながら、スタンの腕に抱かれ、心地よい朝の風を感じていた。 「ねぇ、スタン」 「、、、何だ?」 「今日、学院が終わったらあそこに行きたいの」 サーシャが指を差す方角へスタンは目を向ける。 そこは北区の方角。 遥か遠くに微かに見えるのは、青い塔だった。 「何だあれは?」 問えば、「知らないの?」とサーシャ。 「『友愛の塔』。50年前にアナスタシアが友好の証として王国に送った獣人種の女神を祀っている塔よ」 「アナスタシア・アルバナスか?人類と亜人の100年戦争を終結させたという?」 「それは知っているのね」 「爺ちゃんから教えられた。食えないクソババアだったとな」 「アナスタシアを馬鹿にするなら怒るわよ?」 睨まれ、スタンはキョトンとする。 悪気は無いらしい。 サーシャは呆れ、「まぁいいわ」と霞んで見える塔へ視線をやる。 「兎に角、ずっと行っていないの。久しぶりに行きたいわ」 「しかし北区は危険なのだろう?」 「えぇそうよ。スラム街があって、暗殺系ギルドも多く存在する、王国の汚点と呼ばれるような場所よ」 「そんな場所に連れていくと、流石にマイロに怒られるのではないか?」 「だから、お母様にもお父様にも内緒よ。ダダンもカリオンも、自分達じゃ守りきれる自信がないって、絶対連れていってくれなかった」 「二人は俺の上司だ。その二人がダメだと言うのなら、俺も断らざるを得ない」 「あら?忠誠を誓うというのは嘘だったの?」 痛い所をつかれ、スタンは諦めて「分かった」と頷く。 サーシャは「フフ、ありがとう」と微笑み、再度その塔へ視線をやる。 嬉しそうな笑みを浮かべて、次にスタンへ視線を戻した。 「所であなたの魔力、不思議ね。飛行魔術なんて使っているのに、魔力を全然感じないわ」 スタンは前へ向けていた目を少しだけサーシャの顔へ向ける。 そうして、小さく笑った。 「それは恐らく、"勘違い"だ。まぁ、お前は気にしなくていい」 当たり前に言うだけ。 サーシャは不服そうにだが、首を傾げる他無かった。
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