残り香

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 桜もそろそ散り終わる頃、ボクは日銭を稼ぐべく、とあるバイトに勤しむことになった。学校の友人が、 「短気バイトなら、やっぱ、引っ越し屋だな。この時期、需要も多いしな。」 と、手っ取り早くて高収入な仕事を紹介してくれたのだった。紹介された先は、大手の引っ越し屋では無く、軽トラが一台だけの、年配の夫婦がやっている小さな引っ越し屋だった。 「ふむ。で、免許はあるかね?。」 「あ、はい。」 「じゃあ、明日から早速頼むよ。」 ご主人は明日の段取りを簡単に説明した。話が終わると、ボクは明日提出するレポートを書こうと、大学の図書館に向かった。 「あー、金のあるヤツは、いいなあ・・。」 前期の授業が始まって間無し。普通ならコンパやらなんやらと、学生生活をエンジョイ出来る時期だった。しかし、 「今月、ウチ、大変だから、何とかやりくりしてちょうだい。ね。」 実家から仕送りが無理との連絡が来たボクは、急遽、バイトをすることになったのだった。図書館に着くと、ボクは講義の際に紹介されていた書籍を探して、本棚を眺めつつ歩いていた。すると、長机の端の方に、一際異彩を放つ人物が、眉間に皺を寄せて、ひたすら何かを黙読していた。 「あ、先輩だ。」 明かり取りの窓から差し込む光に照らされながら、ロン毛に無精髭を蓄えた男性のシルエットが、逆光でくっきりと浮かんでいた。先輩と呼んではいるが、とても同世代とは思えない風貌だった。噂では、文学に嵌まった挙げ句、留年を繰り返して、誰も相手にしていないとのことだった。しかし、 「こんにちわ。」 ボクは先輩の側にいくと、挨拶をした。彼は椅子に座ったまま、ジロッと此方を睨んだが、 「よう。」 と、柔和な顔で挨拶を返した。そして再び、黙読を続けた。ボクは何故か解らなかったが、彼のことが嫌いでは無かった。殆ど話したことも無かったが、新学年になって研究室の配属が発表された後、彼はボクと同じ研究室ということが解った。みんな簡単に自己紹介を済ませた後、一番最後に彼が自己紹介を行った。 「オレは此処に数年いる。いわば、長老だ。解らないことがあったら、何でも聞いてくれ。」 と、ぶっきら棒な挨拶をした。他の学生達は怪訝そうに彼を見つめたが、ボクは、 「正直な人だな・・。」 と、そういう印象を受けた。目的とする本を見つけると、ボクはそれを借りて、部屋に戻った。そして、借りてきた本を開いて読み進めようとしたが、 「何だ、これ?。」 と、ボクは思わず声を上げた。抽象的な言語ばかりが並んでいて、内容がちんぷんかんぷんだった。ボクは本は嫌いでは無い方だったが、だからといって、文学部に進んだのに深い意味は無かった。ただ、ボクの成績で偏差が足りていそうな所が、たまたま此処だけだった。 「仕方無い。検索するか・・。」 ボクはラップトップを開くと、解らない言葉を一語ずつ検索していった。そうやって、数十分作業をしているうちに、 「これじゃ、拉致が開かないな・・。この著者って、どんな人物なんだろう?。」 と、少し楽をしようと、著者名で検索をかけてみた。すると、専門家による解説が成されたサイトが僅かに出て来たが、どれも解り易さとはほど遠いものばかりだった。ところが、 「ん?、この最後の所、ブログかな?。」 一番最後にヒットした所をクリックしてみると、個人のブログに飛んだ。そして、其処には著者に関する私見が、事細かに書かれてあった。 「うわっ、分かり易っ!。」 そのままコピペしてもいいぐらいの内容だったが、流石にそれでは気が引けたので、ボクはその内容を読むと、再び借りてきた本を読んでみた。すると、 「ほー!。解る解る。なるほどー。」 さっきまで難解だった抽象言語が、まるで染み込むようにボクの脳裏に入ってきた。そして、それを手掛かりに、ボクは一気にレポートを書き上げた。 「ふうっ。出来た。何と有り難いことよ・・。」 ボクはブログの主に感謝しつつ、明朝のバイトのために、明かりを消して床に就いた。  翌朝、ボクは例の引っ越し屋に向かった。作業着らしきものはあてがわれなかったので、ボクは汚れてもいいように、ラフな格好をしていった。 「おはようございます。」 「ああ、おはよう。早くからご苦労さんだったね。今日はこの車で、此処の家へいってもらう。初めてで大変だろうから、二人でいくといい。」 ご主人は挨拶を済ませると、今日の段取りについて簡単に説明した。それから程なくして、 「うぃーっす。」 と、聞き覚えのある声が背後からした。振り返ると、其処にはロン毛で無精髭の男性が立っていた。 「あ、先輩!。」 「おう。どした?。」 「どうした・・って、ボク、今日から此処でバイトすることに・・。」 「へー、そうなんか!。奇遇だな。そっかそっか。」 ボクの顔を見て、先輩は何だか嬉しそうに笑顔を見せた。いつもは何かに警戒しつつ、決して人を寄せ付けない雰囲気の先輩だったが、此処では全く違った印象だった。  作業着が支給されることも無く、会社のロゴも入ってない古い軽トラで、ボクと先輩はとある民家に向かった。ボクが運転をし、先輩は助手席でタバコをふかしていた。 「で、何で此処に来ようと思ったの?。」 先輩は窓の隙間から煙を吐きながら、ボクにたずねた。 「あ、はい・・、友人が紹介してくれたから。」 「正直、此処のバイト代、高く無いぜ。他の大手の方が、もっといいはずだ。」 それを聞いて、ボクは不思議に思った。 「じゃあ、何で先輩は此処に?。」 「ん?、ま、そのうち解るさ・・。」 安い給与なのに、先輩は此処に比較的長く勤めていそうな雰囲気だった。ボクはそのことが気になったが、まだそれ以上のことに立ち入れる間柄でも無かった。 「お、この家だ。」 しばらく走ると、車は目的地に着いた。其処は古い小さな民家だった。ボクと先輩は車を降りた。 「ガラガラ。」 「御免下さい。引っ越し屋です。」 先輩が古い木戸を開けながら、奥に向かって声を掛けた。 「ああ、ご苦労様。何も準備してないけど、いいかしら?。」 そういいながら、高齢の女性がスリッパ履きで奥から現れた。 「大丈夫っすよ。じゃ、失礼します。」 先輩は手慣れた様子で靴を脱ぐと、女性に誘われて奥へ入っていった。ボクもおくれまいと、先輩の後を着いていった。 「主人が亡くなって、ずっと一人暮らしなもので・・。大抵の物は片付けたんですけど・・。」 彼女が暮らしているであろうその部屋は、シンプルというよりは、寧ろ殺風景といった感じだった。 「ふむ・・、なるほど。解りました。じゃあ、早速かかりますので。」 先輩は部屋に置かれた僅かな荷物と家具類を見渡しながら、運び出す算段をすませると、ボクに指示を出した。 「まず、これとこれ、その後、こっちの細かいのを持って来た段ボール箱に詰めるから。」 先輩は層いうと、ボクに箪笥の一方をも持つようにいった。 「せいのっ!。」 見た目の大きさに反して、箪笥は意外と軽かった。一人暮らしが殊の外長かったのか、女性は不必要なものはほぼ全て処分しているようだった。 「よいしょっ、よいしょっ。」 ボクは小声でリズムを取りながら、先輩の歩調に合わせて狭い廊下を縦になりつつ、家具類を運び出した。そして、車に積んできた段ボール箱を組み立てて、それを再び奥に持っていった。すると、 「ふーん、随分と焼けてるなあ・・。」 先輩は家具を運び出した後の、箪笥が置かれていた背後の部分と、何も置かれずに日焼けしている壁の部分を眺めながら、一人頷いていた。そして、その境目をそっと指で撫でながら、一人悦に入っているようだった。ボクがしばらくその様子を眺めていると、 「お、箱が来たか。悪い悪い。」 と、そういいながら、先輩は押し入れにしまってあった様々な物を、一つずつ取り出しては丁寧に新聞紙にくるんだ。そして、段ボールの底の方から、スペースを少しずつ埋めつつ、梱包を行った。 「へー、上手いですね。」 ボクは思わず、先輩に声を掛けた。しかし、 「はは、上手くなんか無えよ。普通の引っ越し屋だったら、もっと短時間で効率良く作業を終えてるはずさ。」 といいつつも、まるでその作業を楽しんでいるかのように続けた。すると、 「あ。」 突然、先輩の手が止まった。小さな箱からいくつものガラスのコップが出て来た。少し歪な、一見して普通なコップだったが、先輩はその一つを手に取ると、光にかざしながらそれを見つめた。 「ビードロ・・だな。」 先輩は小声で呟いた。ボクも古いガラス細工をそのように呼ぶのは聞いたことはあった。しかし、実際に目にしたのは、ほぼ初めてだった。すると、 「多分、あの奥さんとご主人、そして、独立したであろう子供達が、このコップを使ってジュースを飲んでいた・・。そんな光景が、此処には閉じ込められてるんだよ。」 先輩はしげしげとコップを眺めながら、恍惚の表情をしていた。そんなボク達の様子を後ろの方で眺めていた奥さんが、 「あの、もしよかったら、それ、持って帰ってもらっていいですよ。」 と、優しく声を掛けてきた。それを聞いて、 「え?、でも、大切な物なんでしょ?。」 と、ボクは思わず断りの返事をした。すると、 「すいません。有り難う御座います。」 先輩は何の躊躇をすることも無く、彼女の申し出を受け入れた。それからも作業は時折、先輩が何らかの物を見つけては手を止めつつ、決して効率的とは呼べない作業は終了した。 「では、荷物は施設の方に届けておきますので。」 先輩が彼女にそういうと、ボク達は車でその家を後にした。しばらく走っていると、ボクはさっきのやり取りが気になった。 「あの・・、例のコップ、受け取っちゃってよかったんですかね?。」 ボクは先輩に貰ったコップについてたずねた。 「ああいうときはな、貰っておいた方がいいんだよ。そのまま思い出話にでもなって、思い出したくも無いことを思い出させるより、そっと大事に仕舞っておいた方がいいことだってあるんだよ。」 先輩は随分と大人な雰囲気で、そう語った。  荷物の積み込みを終えると、ボクと先輩は車に乗り込んで、施設まで向かった。助手席にはコップの入った箱を大事に膝の上に置きながら、先輩が車窓を眺めていた。そして、窓を少し開けると、胸ポケットからタバコを取り出して、ライターで火を着けると、ゆっくりと吸い始めた。 「で、どう思った?。」 唐突に、先輩がたずねてきた。 「え?、何のことですか?。」 「何のことだと思う?。」 先輩の質問が、イマイチ要領を得なかったので、ボクは当てずっぽうで、 「コップのことですか?。」 と、彼が大事に抱えている様子から、そう答えた。しかし、 「ちげーよ。この仕事だよ。」 先輩はボクの勘が鈍いのを見て、少し気落ちした様子でそういった。 「オマエさ、文学部なんだから、もうちっと気の利いた推察しろよな。」 「はあ・・、」 いわれてみれば、確かにそうである。どう見ても効率のいい作業ぶりでも無ければ、バイト代がたっぷり貰える雰囲気でも無い。しかし、先輩もボクも、そんな長閑な引っ越し屋で、暢気に仕事をしている。何より、その途中、先輩は訪れた家の様子や、積み込みをする際に触れた古い家具類に、いちいち気を止める仕草をしていた。 「この仕事、好きなんですか?。」 ボクは率直にたずねてみた。すると、先輩はタバコをふかしながら、 「うん・・。まあな。」 と、少し嬉しそうに返事をした。そして、箱にしまわれていたコップを再び取り出すと、 「恐らく、あの奥さんも、かつてはこのコップで亡くなったご主人と、洋酒か何かを酌み交わしたんじゃないのかな。三十年程前に。何処かの骨董品屋で、いい出物があったのを、ご主人が見つけて買ってきた。そして時折、二人して晩酌の時に、このコップに酒を注いで。そういう日々が確かにあった。それを物語るかのように、設置されてから一度も動かすことの無かった箪笥の裏は、周りの壁と違って真っ白だった。時の生き証人ってやつさ。」 と、手にしたコップに反射光が当たるのを、先輩は目を細めて見つめていた。 「時の生き証人・・っすか。」 ボクは先輩の表現が随分詩的だなと、思わず繰り返した。すると、 「其処じゃ無い。」 先輩はボクが感動した部分を訂正した。 「日々の暮らしなんて、普通は記録しない。だろ?。ましてや、他所様の暮らしなんて、覗き見するようなものじゃ無い。しかし、其処には確実に人が生きた日々がある。オレは文学が好きで学校に入ったが、この仕事に出くわしてからは、そんなのどうでもよくなった。」 そういうと、先輩は灰皿で煙草をもみ消して、再びコップを目の高さにまで持ち上げて、しげしげと見つめた。 「だが、此処には確実に、そういう日々が封印されている。作り事や絵空事じゃ無い、本当の人の暮らした日々が・・だ。」 そういいながら、先輩はうっとりとした目でコップを日にかざした。そして、 急に鋭い目つきになったかと思うと、 「これは工場の機械で作ったようなコップじゃ無い。恐らくは職人が息を吹き込んで、手仕事で作ったんだろう。それもいわば、職人の日々だ。しかし、其処には作為がある。仕事だからな。そういうのは、何気ない日々の暮らしとはいわない。職人の誇りに賭けた、人とビードロとの真剣勝負。確かにドラマチックだよ。だが、何気ない・・って訳じゃ無い。そういうのは、何ていうのかな・・、肩が凝っちまうんだ。」 ボクはハンドルを握りながら、先輩の講釈にすっかり聞き耳を立てていた。いわれてみれば、その通りである。奥さんからコップの謂れを聞いたわけでは無い。先輩の空想に過ぎないかも知れない。しかし、例え空想であったとしても、先輩がそれを言葉にして表現した瞬間から、それは真実となって、ボクの耳から脳裏へと辿り着いたのだった。その語り口調が、決して作為では無い、そう、職人の仕事にではなく、何気ない人の日々の暮らしにこそ、先輩が心を寄せる所以であると、ボクは悟った。いや、そんな気がした。そうこうしているうちに、車は施設に到着した。ボク達は車を止めると、積み込んだ荷物を二人でゆっくりと下ろし、施設内に運び込んだ。しかし、その時の先輩は、最早、さっきの先輩では無かった。ただ単に、引っ越し屋のバイトをする、薹(とう)の立った学生に過ぎなかった。 「さて、戻るか。」 「はい。」 ボク達は再び車に乗ると、そそくさと引っ越し屋に戻った。そして、車を所定の位置に止めて、事務所に入っていった。 「ご苦労だったね。はい、これ。」 引っ越し屋の主人はそういいながら、ボクに封筒に入った日当を手渡した。 「あ、すいません。有り難う御座います。」 「ウチは日払いだから。また頼むよ。」 主人はにこやかな顔でそういうと、ボクの肩をポンと叩いた。その頃には、先輩は既に帰り支度を整えていて、さっき奥さんから貰ったコップの入った箱を、大事そうに小脇に抱えていた。そして、 「お疲れー。」 そういうと、先輩は足早に、何処へともなく消えていった。  そんな風に、ボクと先輩は学校以外でも、バイト先で週に何回か顔を合わせるようになっていった。引っ越し屋の主人から仕事の段取りを聞き、ボクが車を運転し、その横で先輩がタバコをふかすといった具合だった。小さい規模の引っ越しは殆どが古い民家と決まっていて、どうやら先輩はそれが目的でこのバイトを続けているようだった。 「ところで、卒論のテーマは決まったか?。」 仕事先への移動中、助手席に座っている先輩が、タバコをくわえながらたずねてきた。 「あ、いえ。でも、この前、課題で出された難解な書物があって、その内容をネットで検索してたら、凄く分かり易い解説のサイトがあって。で、その話に何となく興味を引かれたので、それにしようかなと・・。」 ボクは先日の課題で参考にしたサイトの話をした。すると、 「はっはっはっ。そーかそーか。はっはっはっ。」 と、突然、先輩が笑い出した。何が可笑しいのかと不思議に思っていると、 「それ書いたの、オレだよ。」 先輩は、あっけらかんとした顔でそういった。 「えー!、そうだったんすか?。」 「長いこと学生やってるとな、相手の手の内が読めちまうんだよ。例の教授、毎年同じ課題しか出さねえから、読んだ学生が下らない抽象言語に引っかからないように、オレが作っておいたのさ。そうかそうか。オマエにも役に立ったか。」 そういいながら、先輩は満更でも無いという表情になると、再びタバコをふかしはじめた。 「でも、あんな風に、いとも簡単に解説できちゃうって、やっぱ、先輩、凄いっすね。」 ボクは先日助けて貰ったお礼という訳でも無いが、率直にそう伝えた。しかし、 「やめろやめろ。文学なんて、所詮は絵空事の虚構さ。」 そういうと、急に難しい顔をして、窓の外を見つめだした。ボクは何かマズいことをいったかなと、少し気が咎めた。しかし、そのことがずっと引っかかっていた。あの文章の丹念さを見る限りでは、余程文章に傾倒した者にしか書けない内容だった。なのに、それを全否定するかのように、文学部に在籍しながらも、留年を繰り返している先輩に、もの凄く大きな矛盾を感じていたからだった。そして、 「あの、先輩。失礼かも知れないですけど、ボク達はそんな絵空事に感動したりして、生きる意味を深めていくんじゃないですかね?。」 と、何故かしら先輩の掲げる世界観を否定したくなった。すると、先輩は少し構えて、 「ほう、いうねえ。続けてみろよ。」 彼はボクが勇気を出して敢えて答えたであろうから、その先が続かないと、そう読んでいるようだった。しかし、 「ボク、今月、家の家計がキツイから、仕送りも無いし、バイトすることになったんです。だから、早く卒業して、仕事に就きたい。そういう気持ちでいっぱいなんです。本当に申し訳無いけど、留年なんかしてる場合じゃ無いんです。」 そういうと、ボクは何故か、ハンドルを握り締めながら、涙を堪えていた。この時、何故こんなことをいったのか、自分でも解らなかった。先輩の気を悪くさせたであろうことも、十分解っていた。しかし、何故かいわずにはおれなかった。そして、 「絵空事だって何だっていいじゃないですか。ボク達がそれを読んで、感銘を受けていれば、それは事実です。虚構という名の事実です。先輩だって、仕事先の古びた物を手にしては慈しんで空想を膨らませていますが、それだって本当かどうか解らない。でも、そうやって、何か人の暮らしを、時の流れを感じることの出来る物と、ほんの束の間にせよ、一体化出来れば、それが幸福感ってものじゃないですかね?。ボクは、ボクはそう思うから・・・、」 そういいながら、ボクの目から涙が溢れ出た。車内は暫し沈黙が続いた。 「よし、着いたぞ。」 先輩のひと言で、ボク達は車を降りて、早速作業にかかった。やはり古い民家には、住人の思い出の品らしき物でいっぱいだった。しかし、先輩はいつもとは違い、それらを手にすることも、目を留めることも殆ど無かった。そして、作業がいよいよ終盤になったころ、押し入れの下の方から古い新聞紙に包まれた一枚の絵皿たあったのを、先輩が見つけた。 「あ、その皿は・・・、」 と、住人がそういいかけたとき、先輩はそっと皿の縁を撫でながら、 「有り難うよ。じゃあな。」 小声でそういうと、元の新聞紙にくるんで、それを荷物に紛らせた。作業を終えると、その日、我々は口を利くことは無かった。それ以降、先輩がバイト先に現れることは無かった。そして数日後、 「よっ!、文学青年。」 と、登校中のボクの背中を叩く、髭も剃って髪も短く切った先輩の姿があった。
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