1 元婚約者の家で

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1 元婚約者の家で

 メイドである私の朝は、十六歳のエレーヌお嬢様を起こすことから始まる。  静かに扉を開けてエレーヌ様のお部屋に入ると、案の定、彼女は起きていなかった。  かすかに響く寝息を聞きながら、私は部屋のカーテンを開けて周る。  すると室内を明るい朝日が照らし、エレーヌ様は呻り声をあげて頭まで布団を被ってしまった。  エレーヌ様は朝に弱い。  何時に寝ても朝起きられないから、毎朝私が起こしに来ることになっている。  私は掛布団を掴むと思いっきり引っぺがし、ベッドの上で文字通り丸くなるお嬢様に声をかけた。 「おはようございます、エレーヌ様。朝ですよ、起きてください」 「うーん……マーシャ……」  呻り声と私の名前を呼んだエレーヌ様はぼんやりと目を開け、私を見つめると枕に顔を突っ伏してしまった。  輝く金髪の、公爵家の美しいお嬢様がなんという姿をさらしているんだろうか。  そう思いつつ私はお嬢様が抱える枕を掴んで思い切り引っ張った。 「もう朝ですよ。起きないと遅刻しますよ」 「うー……まくらぁ……」  何とも情けない声で言いながら、エレーヌ様はばんばん、とベッドを叩く。  何をしているのだろうかこの方は。  毎朝このありさまなのよね。 「枕、じゃないですよ。朝ですから起きてください」  エレーヌ様から取り上げた枕を抱えたまま私が言うと、彼女はゆっくりと起き上がりぼんやりとした顔で私を見つめ目をこすりながら言った。 「んー……マーシャ……おはよう」  そして、美しいお嬢様とは思えないほど大きな口を開けて欠伸をする。 「ほら、早く顔を洗ってください」 「ふあぁい……」  なんとも情けない声で言うと、エレーヌ様はゆっくりとベッドから下りた。      マーシャ=ドゥ=シャヴァネル。これが私の名前だ。今年で十九歳になる。  シャヴァネル、なんて大層な名字を持っているのは、私が今はなきミティ公国の公女だったからだ。  ここ、レヴィアス公爵家でメイドとして働き始めて四年。つまり、公国が滅びてもう四年になる。  家も国もなくなってしまった私は、公爵様のご厚意でこのお屋敷で働かせてもらっている。  まさか元婚約者の家で働くことになるとは思わなかったなぁ。  まあ、婚約と言っても形だけで、婚約者として顔を合わせたことは一度もないんだけどね。  私は、公爵様の長男であるシリル様の婚約者だった。でも公国が滅びたため婚約はなかったことになってしまっているし、シリル様は私の事なんて覚えていないようだ。  まあ、会ったのなんて子供の時だけだしな……しかもその時は婚約者として会ったわけじゃないし。覚えていないのも無理はないわよね。  お支度を済ませたお嬢様と共に、私は食堂へと向かう。  食堂に入ると奥様とシリル様がすでに席についていた。公爵様の姿はないのはすでにお仕事に行ってしまっているからだ。 「おはようございます、お兄様、お母様」 「おはよう、エレーヌ」 「おはよう」  朝の挨拶を済ませたエレーヌ様が席に着くとお食事が始まる。  私はお嬢様付のメイドであり、お食事の準備は別のメイドがする為、私は食堂の隅に控える。  その時、シリル様と目が合った。  黒髪に緑色の瞳のシリル様は、私と目が合ったかと思うと慌てて顔を伏せてしまう。  ……何、今の?
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