2 舞踏会への招待

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 王国の首都は海に面していて、王宮や貴族の住む屋敷は高台にある。  町中は辻馬車が走っているほか、数十年前に開発さた車や路面電車が活躍するようになっていた。  魔法を原動力として動いているらしいけれど、詳しいことは私にはわからない。  私は今、お屋敷をこっそりと抜け出したシリル様と一緒に路面電車に乗り、海沿いへと向かっていた。  平日の日中、と言う事もあり車内には買い物と思われる主婦やメイドらしき女性たちが多く、雑談に花を咲かせている。  そこそこ混みあう車内にシリル様と並んで立って、吊り輪に捕まっている図はなんともおかしなものだった。  ちらり、とシリル様の顔を見上げると彼は外に視線を向けていた。  どうやら空を見ているらしい。  私も車窓から外を見る。空に白の絵の具で線をひいたようなすじ雲が広がっている。  あの雲は秋によく見られるものだ。   「明日は天気、よさそうだな」  そう、シリル様が呟く。  天気が悪くなる時は、もっと丸い、ひつじのような雲がたくさん見られる。そういう時は雨が降ることが多いから、森や山には入らないように、と幼い頃、狩人のおじさんに教わった。 「そうですね」    頷きながら私は疑問をいだく。こういうのって、学校で教わるものだろうか。私は家庭教師に雲のこととか教わった記憶はない。  シリル様、学校で何を勉強されているんだろう。子供の頃は雷のことすら知らなかったのに。  てっきり政治学専攻だと思い込んでいたけれど、もしかしたら違うのだろうか。  私はシリル様の方を向いて尋ねた。 「あの、学校では何を勉強されているんですか?」 「地政学が中心だけど、気象学や植物学も勉強していて」  と言い、なぜか恥ずかしげに顔を背けてしまう。  ……なぜそんな、恥ずかしそうな顔をされるんですか?  そしてなぜ、私を誘って外に出たんですか?  シリル様が何を考えているのかよくわからない。  聞くのは人の目と耳が少ないところにしよう。そう思い、私は黙って路面電車が目的地に着くのを待った。  路面電車に揺られて三十分は経っただろうか。  私たちが向かったのは大きな公園だった。  広い野原で幼い子供たちが、親たちと追いかけっこをしたりボール遊びをしている。  それに犬の散歩をする女性たち。  木々の葉はまだ色が変わり始めたばかりみたいで、屋敷のお庭とはだいぶ様子が違う。 「こうして見ると、お屋敷ってけっこう高台にあるんですね」    私は視線を巡らせながら言った。  ここからお屋敷がある方角を見ると、山の斜面に色んな建物が建っているのがわかる。  そして高くなるにつれて家は大きくなっていき、そのなかでも王宮は一際大きくてとても目立った。  山の葉は、頂上に向かうほど色づいている。 「あぁ。標高差でどれだけ葉の色づきが違うのか調べていて」  と言い、彼は公園に植えられている木に近づく。  あれは木蓮……かな。葉は黄色に色を変え始めたばかりだ。   「まあ、場所によっても色づき具合が変わるようだけれど」  と言い、地面におちている葉を拾う。  その葉はまだ緑色だった。吹く風はやや冷たく感じるから、もう少ししたらこの木の葉はもっと色を変えるだろう。 「なぜ気象や植物の事を勉強しようなんて思ったのですか?」  拾った葉を見つめるシリル様の背中に尋ねると、彼はこちらを振り返り言った。 「昔、君が雷から助けてくれただろう。それからだよ」  と言い、彼はその葉を持っているバッグの中から取り出した紙ナプキンに挟んで、中にしまう。  確かに雷から助けましたけれど。 「天気で命に危険が及ぶことがあるなんて考えたことなかったから、そこから興味をもって」  なるほど。シリル様にとってあの日の出来事はとても大きな出来事だったってことね。それはそうか。今までずっと覚えていたくらいなんだもの。 「それでなぜ私を外に誘ったのですか?」  そこが一番知りたいぎもんだった。  私を誘う理由が何も思いつかないのよ。  彼は他の葉を拾いながら言った。 「あまり外に出たことがない、と言っていたから」  それで公爵家の跡取りが護衛も連れず、勝手に屋敷を抜け出してメイドと公園にフィールドワークって大丈夫なの……?  昔のことを思い出すと少し不安だけれど、もうシリル様、大人だしな……  危険なんてそうそうない、のかな。正直私はこの国の治安について詳しくないからわからないけれど。  辺りを見渡す限り、平和そうではある。 「確かにあまり外に出たことはありませんけど。出なくてもお屋敷で生活できてしまいますからね」 「たしかに……必要なものはみんな出入りの商人たちから買えるからな」  そのとおりだ。  貴族は外で買い物なんてめったにしない。  ほしければ商人を呼び出すのが普通だから、そのときに私たちメイドはついでに買い物をするのが常だった。    「雷のこととかはいったいどこで教わったんだ?」 「公国にいた狩人や農民たちですよ。彼らは経験から様々な自然現象について教えてくれました」  雷のことだや雲のこともいろいろ教わったなぁ。  私がお屋敷でじっとしているような子供ではなかったから。  別荘ではひとりで狩りに出て何度も怒られたっけ。 「あぁ、そういうことだったのか。学校で教わるようなものではなかったから不思議に思っていた」    そうなのよね。  このあたりはあまり雷がなる地域ではないし、鳴ったら外に出るな、くらいしか教わらないらしい。  それは地域差なんだろうな。  シリル様はこちらに歩み寄ってくると、私の目の前で立ち止まり言った。   「あの時……助けてもらったのに何も言えていなかったから。あの……」  と言い、彼は俯いた後、顔を上げる。 「あの時はありがとう」  なんでそんな恥ずかしげな顔でおっしゃっているんですか?  そんなに恥ずかしがるような話、だろうか。  ただお礼を言いたくて私をここまで連れ出したの……かな。 「えーと……あの時はちゃんと無事に帰れてよかったです。家出する人が本当にいることに驚きましたけど。それを言いたくてここまで来たのですか?」  するとシリル様は小さく頷いた。 「屋敷だと人目につくから」  だからといって一緒に外に出るのもどうかと思うけれど。 「まあ確かにそうですけど。もしかして他にご用があるんですか?」  そう問いかけると、彼は目を見開いたあと首を横に振った。 「い、いや、そういうわけじゃぁ」    と言い、彼は私から目をそらしてしまう。  どうかしたのだろうか。  どうも何か言いたそうで言えない、という感じがするのよね。でもそれを聞く義理はないし。  言いたくなればいずれ言うだろう。  さっきのお礼のように。   「そうですか。じゃあ、せっかく出てきましたし少しお散歩して帰りますか?」  せっかく公園まで来たのだからいろいろ見てから帰ろう、と思ったのだけれど。私の提案にシリル様は戸惑いの顔を見せる。  え、なぜそんな顔するの?  シリル様は視線を泳がせた後、 「そ、そうだな。じゃあ行こうか」  と言い、歩き出した。
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