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朝9時30分
『ピンポ~ン』
日曜日の朝、俺の惰眠を貪る貴重な時間に訪問者を知らせる音が鳴った。
時計を見たら、朝の9時30分。
(無視だ、無視!)
布団を頭から被り、居留守を決めようと決意した。
『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポ~ン』
が、音は鳴り止む所か、激しく鳴り響く。
「ったく! 誰だよ、こんな朝っぱらから」
ベッドから飛び起き、玄関用のモニターを覗くと画面が白い。
「はぁ……」
俺は溜息を吐いて玄関に行き、ドアチェーンと鍵を開けて玄関を開けた。
「よぉ!」
白いケーキの箱を持ったアイツ……日野彰が、ニカッと白い歯を見せて笑う。
俺はわざとらしく深い溜息を吐き、迷惑そうな顔を作る。
「こんな朝っぱら、何?」
「はい、これ!」
俺の態度をガン無視して、俺の手にケーキが入った白い箱を置くとズカズカと部屋の中に入って来る。
「彰、話聞いてる? 第一お前、今日は市ヶ谷さんとデートじゃなかったのかよ」
まるで家主かのように、ズカズカと部屋に上がり込む彰の背中に言うと、顔だけこちらを向けるなり
「別れた」
そう言うと、ニカッと白い歯を見せて笑った。
「別れた……って、付き合い始めたのは先月だよな?」
呆気に取られて呟く俺に、彰はさっきまで寝ていた俺のベッドに転がると
「いつもの如く、振られました」
そう言うと、俺のベッドで微睡み始めた。
「ち……ちょっと待て! どういうことか説明しろ!」
「今日、デートに誘われたけど、陸斗の誕生日だから断ったら『私と岩田君、どっちが大事なの!』って聞くからさ」
「まさか……」
「そう!陸斗って答えたら、平手打ち食らって振られた」
彰は屈託なくそう言って笑うと
「陸斗! それより先に、ケーキを冷蔵庫に入れてよね!」
と叫んだ。
俺が思わず
「あ、ごめん」
と答え、いそいそとケーキの箱を冷蔵庫に入れた時、箱の中味をチラッと覗くと
『お誕生日おめでとう りくと』
と、チョコで出来たプレートに、クソ下手な字で書かれているのが見えた。
「彰……お前……」
思わず感動して彰の方を見ると
「朝早く起きて焼いたんだよ。だから、少し寝かせて……」
呟いた彰に近付くと
「りっくんの匂い……落ち着く……」
俺の枕に顔を埋め、幸せそうに彰が呟いた。
その顔に、ギュンっと胸が切なくなる。
窓から差し込む朝日が、彰の少し茶色い髪の毛を照らす。
俺は規則正しい寝息を立てる彰の、柔らかい猫っ毛の髪の毛をそっと撫でた。
俺、岩田陸斗と日野彰は、いわゆる幼馴染みだ。
彰の家は、街で有名な美味しいケーキ屋さん。
だからなのか、彰は幼い頃からお菓子作りが趣味だった。
幼稚園が一緒で、母親がフランス人と日本人のハーフらしくて、彰はクオーターってやつらしい。
日本人離れした綺麗な顔立ちに、いつも甘い匂いをさせている。
出会った頃の彰は、女の子みたいに可愛かった。
お菓子作りが趣味で、幼稚園のいじめっ子にからかわれたりもしていたが、見た目に反して筋肉質な彰は、腕っぷしで黙らせていた。(お菓子作りは、結構筋肉が着くらしい)
そんな俺と彰が仲良くなったキッカケは忘れたけど、気が付いたら俺の隣にはいつも彰が居た。
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