〈激甘溺愛短編〉ワインの誘惑 Wine Temptation

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〈激甘溺愛短編〉ワインの誘惑 Wine Temptation

 深夜に満月の下、ワインで秘め事。なんという艶やかな響き。でもそれが一番しっくりくる。 「君を蕩かしてもっとかわいくしたいな。この冷たい赤ワインを、君で満たして熱く濃くして? ――キスだけなんて生温い。君を感じさせて、僕を酔わせてくれるよね」  これは……ヴィーにどろどろになるまで溶かされる予感。わたくしは、早々に終わらないのだと悟った。  注がれるワインレッドの水面と同時に高まる、甘い期待。もうわたくしは彼からの愛に溺れているのだ。  満たされたグラスの紅色に、ごくりと唾をのむ。 「…………!」  彼はワインに濡れたような瞳でわたくしを見る。目が合うと、欲でぎらりと光る双眸が甘く胸を貫いた。甘美な微笑みをたたえて――彼はグラスのワインを口に含んだ。 「んぅ……」  身構え頬を染めるよりも先に、彼からわたくしへとワインで潤う口づけを交わされた。注がれるワインは彼の熱で熱くなる。互いの唾液が混じり合って、濃く蕩けた。甘く酔う頭と躰。気持ちよくて、次を欲して舌でねだってしまう。彼はそれに反応をよくしたのか、先程より遠慮がない。荒く舌を交わし合う激しい口づけだ。  彼と幸せなワインキスを味わい楽しむ。頭が痺れて働かない、全部お酒に溶かされてしまいそう。この中毒性――なにこれ、やめられない。 「……ふぅ、もうお終いか――ねぇ、二杯目のおかわりを頂戴?」  甘えた声がわたくしの鼓膜を震わせ酔わす。  ワインが再び注がれ、間髪入れずに唇が合わさる。唇を深く喰まれて、一気に冷たいワインが流し込まれた。 「……ん」  徐々に喉越していく滑らかなワイン。――飲み干した頃には、既に互いの頬が紅みを帯びていた。 「あと一杯だけだ――もっと飲ませろ」  彼の纏う空気が一瞬にして変わった。命令口調で強引な彼もまた、心を締め付ける。取り憑かれたように恍惚な昏い瞳。 「んぅっ……! ……ん、ふ……!?」  飢えた獣のように、欲のまま舐られて喰らいつかれた。強引に貪られ唇に牙を立てられる。ワインに血の味が混ざり、唇にはヒリヒリと痛みが走った。 「――――ごちそうさま」  最後に彼はわたくしの唇をいたわるように舐めて、色気全開の妖艶で満足気な微笑みを浮かべた。心臓への破壊力も抜群で、くらりと彼に倒れ込んだ。  いきなり睡魔が襲ってきたのだ。眠気が凄い…… 「フフ……今日はこの辺にしておいてあげる。お楽しみはまた"今度"ね」  目を閉じ、彼に抱かれるまま眠りについた。  冷えた寝台の柔らかい感触を背に感じたときには、既にわたくしは深い眠りに誘われて、当然だが以降の内容を知ることはなかった。  次第に、異様で不穏な空気が漂い始め、暗雲が立ち込めていく。 「もう寝ちゃった……? ――今回は睡眠薬だったけど、今度からは媚薬入りワインにするのもありかな。追加するのなら、魔女の秘薬もいいかもしれない。いや……僕の知識を総動員して作った、例の魔法薬もいけるかもな……」  己の唇をなぞり、ワインキスの余韻に酔いしれながら彼は笑った。――唯一、目を除いて。  見透かすような妖しく昏いマゼンタの瞳が、一点を射抜き続けている。ずっと、視線の先にいるわたくしのみを写したまま。 「僕とのキスでよがるエルゼが世界で一番かわいい。そうやって僕に依存して……僕なしでは生きられなくなっていく。そんな君の全てが最高に恋しくて愛おしい。"今度"はさらに素敵な時間になるよ。楽しみにしてて」  彼は悦びに口元だけを愉しそうに歪ませる。 「奥まで疼いて脚腰立たなくなるまで、酔いの冷めない熱くて火傷するキスをしてあげるから――覚悟してね?」  肩口へ顔を埋められ、柔肌をしっとりと強く吸われる。際どい位置に目立つように鬱血痕を残された。印をするりと撫でられれば、眠りの中でも背がしなってしまう。少しの刺激で強張った躰に彼は上気していた顔を伏せる。 「――本当、寝顔すらも加虐心を煽るんだから。君のせいで眠れないな、今夜も……」  そうして彼は微熱の籠もった溜息を落とした。 「愛に十分なんてものはありはしない。それで終わりだなんていつ決めた?」  それから時も待たずに、照らしていた満月が雲に覆われて見えなくなった。静まり返った辺りは陰り、完全に闇に沈む。 「鮮血で世界が塗り替えられるとしたら――血を流すことで君が手に入るなら、邪魔なもの全てを雪げるならば、とっくにそうしている。どんな事象もゼロから始まりゼロに戻る――過程が消えないだけで、その繰り返し」  虚ろな目は暗黒に染まる。 「誰かに奪われるくらいなら? 否、奪われる前に」  月は雲間から未だに現れない。彼の怖いくらいの美しさは、暗い鈍色の世界でも損なわれることがない。透き通る声は淡々としている。 「――――全消去(リセット)すればいいだけの話だ」  感情が抜け落ちたように、何の色もなく一切の心を読み取れない。彼の声も、表情さえも全てが無だった。  愛の対象が人形だと例えてみよう。それを動かすのも壊すのも愛。渡すのも奪うのも愛。拾うのも捨てるのも愛。つまり、生かすも殺すも愛だと言っていいのだろうか……?  非情な二択を無数に組み合わせて、変幻自在に形を変えるのが愛だ。種類は十人十色に存在し、同じものはない。良いも悪いも、正しいも間違いも、嘘も真実も……どれも選んで決めた結末に名前をつけて分けただけ。 「奪って壊し、捨てないで生かし――最終的にはこの手で殺す。これが君へ捧げる僕の愛」  尖った刃の如き鋭い言霊が、夜の闇を引き裂いた。深まる夜に二人きりでも、眠るわたくしには届かない。 「愛する方法はいくらでもあるのに、心まで同期する手段は見つからない。どう頑張ったにせよ、君に伝わる想いなんてほんの一部だけ――――この境界線がもどかしいよ」  重い雰囲気の闇色に、切なげな声が吸い込まれる。暗がりに俯く顔には寂しさが滲む。  再び満ちた月光が彼の横顔を照らしたが、消えない憂いが残る長い夜だった。
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